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2019年2月19日 (火)

架空だけど懐かしい?

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同窓会にあまりいい思い出がない筆者である。
初めての同窓会は高校のそれで、親しい仲間がほぼ見当たらず特に盛り上がりも見いだせずに、結局黙って途中で抜け出した記憶が。
そんな筆者だが、先日懲りずに同窓会に出席してきた。
と言っても、架空の同窓会だが。
 
『架空同窓会』というイベントに参加してきた。
同窓会なのだが、参加している人たちとはほぼ初対面である。
だが、同窓会なのだ。
なぜか、始まるや「久しぶり!」と声を掛け合った。
リアルな同窓会よりもなぜか陽気に立ち振る舞えた。
いや、懐かしい顔ぶれだな……。
懐かしい写真や思い出の品が詰まったタイムカプセル。
昔の話で酒がうまかった。
 
何のことやらわからないだろう。
何のことだか自分でも記憶のない話で盛り上がっていたのだから。
これは、架空読書会を開いていた高柳優氏の企画である。
会場はお馴染み、双子のライオン堂である。
集まった人間はほぼ初対面なのだが、架空の小中高一貫の『第三しし校』を同時期に在籍していたという設定でみんなが存在しない記憶を引っ張り出して思い出に老け込む企画である。
つまり、部活や恋愛・事件など、学校の思い出をその場の思いつきで語り合い、架空の学校の思い出をみんなで創り上げていく企画である。
もちろん、誰もしし校は卒業していないし、誰も同じクラスにはなったことがない。
だけど、みんなが思い出を共有している……つもりになっている。
 
みんな、集まるなり1人ずつ架空自己紹介。
筆者は、帰国子女でアメリカから転校してきた。現状は自分探しで世界を旅しているけど、同窓会のために帰国した、という設定。
他、竹田が二人いたが同じ野球部で二遊間を組んでいたという設定がすぐに出来上がったり、『窓際部』に所属していたという謎の部活が出てきたり。
そして、この窓際部という存在がこの企画を大きく引っ張っていくことになった。
 
なぜか、事あるごとに窓際部の活躍が語られて、よく分からない謎部活のままだったがアジア大会にまで出場するほどのレベルだったらしい。
ちなみに、大会はシンクロナイズドスイミングのようなソロやデュオ、団体などに分かれていてその芸術点も競われるらしい。どんな技が存在するのかは謎のままであったが。
 
個人思い出の他、下記のような企画が主宰側から提示された。
 
・卒業アルバム写真
・タイムカプセル
・第3位しし校の校歌
 
卒業アルバムでは、フリー素材から提示された写真を元に参加者がそれぞれ思い出を語る。言ってみれば、『写真でボケて』である。
謎の応援おじさん二人組が現れたり、気合で男子を吹きバス女子が現れたり、そこからも謎設定が多く生まれた。
また、その設定を利用して、遅れてきた女性に「この男子飛ばした人って君だったよね?」など駆けつけのボケを要求したりなどの無茶ぶりもした。
 
タイムカプセルでは、参加者がそれぞれ不要なものを持ち寄り缶箱に仕込み、カプセル開封といういでたちでイベント途中に開きそれぞれのモノにまつわる思い出を語ってもらった。
 
更には、なんと校歌まである設定に。
その場で 5・5・7 や5・7・7 などのフレーズに合わせて言葉を考えてもらい制作。
以下が校歌の歌詞である。
 
------------ 
あのマドベには キミガイル
共に学びし 若人ら
うれしい時も かなしい時も 大きく学べ
小中高 一貫教育だ 第三しし校
地下にひしめく 同好会
しし校とはいえ いみじくも…
偉大なる 生徒たち 心ひらいて
がいこつも まどべでわらう だいさんししこう
------------
 
校歌らしい歌詞と言えばそうだが、マドベだったり地下にひしめくだったりがいこつだったり……イベントに出てきたキーワードがちらほらと混じっているのが企画らしさなのだなと感じられる。
 
どうであろう、この謎の第3しし校。
少しは気になっただろうか。
いや、しし校ではなく企画そのものが気になっただろうか。
かなりダイナミック且つ大胆なアイデアが試される企画だが、取材に来ていた某局の人たちも巻き込まれて学校卒業者にされたのだからたまったものじゃないだろう。
しかし、そういう大胆さと奇抜さを楽しめる人にとっては本当に面白企画であったはず。
みなさまも、気になれば是非参加するか企画してみてはいかがでしょう。
 
筆者は同窓会というイベントをようやく心から楽しめた気分である。
みんな初対面であり出身も年齢もバラバラだったはずなのに。
打ち解けあうというのは時間も場所も関係ないのかもしれない。

2018年12月26日 (水)

六本木白昼夢 ~そのOLは本物

六本木白昼夢 ~そのOLは本物~
 
そんなタイトルの本をご存じだろうか。
知らないはずだ。
決めつけるなって?
いやいや、おかしいだろ。
知っている方はどうかしている。妄想癖でまみれているのかもしれない。手遅れにならないうちに早く病院の門を叩かないと。こんなブログを読んでいる暇はないぞ!
 
なんて冒頭から大袈裟に煽ってみたが、実際にこのタイトルの本を読んだことがある人はおそらくいないだろう。なぜなら、筆者が適当に浮かんだ単語をつなげて作り上げたタイトルなのだから。
つまり、この世にはない本のタイトルなのである。
読んだことがあるという方は、偶然にも自分でそのタイトルの本を作り上げた方か、それこそ白昼夢でも見ていたのだろう。
 
架空読書会というイベントはご存じだろうか。
架空というから、また実在しない企画でしょ?
なんて疑うかもしれないが、これは嘘でも騙しでもない。実在する企画である。既にラジオや新聞などのメディアでも取り上げられたことのある企画だから、名前くらいは知っている人もいるのでは。
このイベントに、去年から何度か参加している。
今年2月(12月にも)にも、このイベントに筆者自身が参加してきた。
 
 
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読書会というからどうしても普段本を読まない人は構えてしまうかもしれない。
本を読まない人が増えている昨今でなお読書をし続ける人はよほどの活字中毒か頭がお難いのではないか。そういう印象があっても仕方ないが、このイベントに限ってはそのイメージとはかけ離れている。なぜなら、読書をしていなくても参加できるからだ。本を一文字も読んでいなくても参加していい読書会なのである。
必読の課題図書はない。
 
イベントのルールは簡単。
参加者はまずこの世にはない(だろう)本のタイトルを考え、順にそのタイトルを提示していく。タイトルを提示された参加者は、それを読んできたと仮定して、その本について思いつくままに感想を述べだす。基本はそれだけだ。
ただし、誰かが何かの設定を述べればそれはもう否定できない。
たとえば、最初に切り出した人が「壮大なスペースオペラだったよね」と言ってしまえば、その小説は六本木がつこうが秘湯とつこうがスペースオペラの内容になってしまう。
「そんなはずはない!」と相手の意見を否定することはできない。先に述べられた設定は絶対なので、後から続ける人はそれに乗っかっていくしかない。それだけを守ればいいのだ。
あとは制限時間以内にみんなで思いつくままの設定を語ればいいだけの話である。
 
単純明快なルールだが、何度かやってみると意外と奥が深い企画だというのが分かる。
集まった人によっては、まじめな批評気味に語ったり主人公の行動の裏側を読んだような分析をしてみたるする人もいれば、冗談を交えながら緩い方向へと持っていく感想を述べる人もいる。緩い展開はどちらかといえば大喜利ネタな方向に寄りがちだ。だから、読書家よりもハガキ職人の方が展開によってはこのイベントで活躍するかもしれない。
もちろん、読書家が集まればタイトルに隠された意味を読み取ったり実は主人公は女性の名前のようで男性であるなどのトリックを考え付いて紛れ込ませて複雑にしたりなどのテクニックを仕掛けたりもしてくる。だからこそ、集まった人間によって空気が変わるイベントなのである。
 
よくある展開は、映画化しがち。舞台がタイトルから与えられる印象とは離れがち。実在する人物がでてきたりも。タイトルから与えられるイメージをそのまま流用することもあるが、結構飛躍するパターンも見受けられる。六本木でも、実在の六本木とは違う場所に設定される、みたいな設定もしばしば。
だからこそ、参加者の想像力……いや、妄想力が試されているのかもしれない。
その都度、参加者が違い別々の妄想力が加わるので参加者によりイベントの空気が変わるものおもしろい。
なによりも、手軽にその場で開けるのは魅力的な企画だろう。
なにせ、本を読まなくても開ける読書会なのだから。
 
必要なのは、あなたのタイトルから広げられる妄想力。
ただし、妄想が行き過ぎると架空の本から出られなくなりますよ。
病院の門を叩かなくてもいいように、ほどほどにして現実の本も読みましょう。

2018年12月13日 (木)

イヌも歩けば絵にもなる

iPhoneが世に出て10年は過ぎた今、スマフォ復旧率も増えて街中では多くの人がその手のひらサイズの画面に目を落としている姿が見られる。
使用歴も、もう何年にもわたってという人も多いだろう。
そうなると、その端末には多くのアプリと情報が詰まっているはずだ。生活ログのような記録も多いのではないか。
LINEのやり取りから、各種SNSにアップしたつぶやきや写真などは多岐にわたるだろう。
そういう筆者も、多くのアプリを入れ日々多くの情報にアクセスしている。
そんな中で、何気なく自分独自の端末に記録された過去の情報に触れてみた。
過去といえども、今年一年程度の期間であるが。
それが、スマフォで撮影した写真である。
今年も多くの場に出向いて、多くの対象物を手軽に撮影しスマフォに記録してきたのだが、こうして眺めてみると本当に多様な場に出向いていることが分かる。
多趣味であり多くの場に出向いて多くの情報をこうして取り込んできていただけに、改めて見て思い起こすことも多い。
 
ということで、自分のスマフォに記録されていた写真を月ごとにピックアップしていき、自分の趣味や活動範囲を振り返りながらこういう趣味の世界もあるのだなと読者の人たちにも紹介してみたい。
かなり多様な世界を紹介できるはずである。
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最初の写真はこれだ。つまり、2018年1月に撮った写真である。正確に言えば、写真というよりもスマフォアプリのスクリーンショットであるが。
画像を見て何に見えただろう?
地図の画像であるのは確かだ。間違いではない。
馬込や大森という地名が読み取れるところからして、東京都大田区の一部の地図であることもわかると思われる。
しかし、地図そのものが画像の本質ではない。
その太い線によって描かれたあるモノがその対象である。
少しわかりにくいかもしれないが、オレンジで描かれた線をじっくりと眺めてほしい。
これは……
 
 
 
そう、『犬』が描かれているのが分かるだろう。
勘のいい人は分かったかもしれない。
2018年しょっぱなに犬の絵。
そう、今年の干支である戌なのだ。
そして、これは2018年1月7日に筆者含め数十名の人間が大森や馬込、山王一帯を歩いた道のりの記録である。
 
大山顕さん発起人となり、何年か前から企画されたイベントである。
GPSロガーや歩いた道順が記録されるアプリを起動させながらひたすら都内の一角を歩き回って、地図上にその歩いた記録でその年の干支である動物を描こうとしていた。一月、そのイベントへ参加してきた。
その結果の写真が上記のそれだ。
 
見ての通り、犬に見える記録が地図上に浮かび上がっている。
歩いて分かったのだが、山王や馬込はかなり起伏が激しい地域である。途中、坂や階段を上がったり下がったりしながらの激しい道のりを突き進んだ。また、住宅地のために時に何十人もの人間が路地裏をゾロゾロ歩く珍光景が見られたりもした。怪しい集団に見られていたかもしれないが、幸いなことに通報される事態にはならなかった。(住宅地なだけに静かにするなどの注意を計らうことは忘れてはならない)
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ちなみに、これは確か約2時間半歩いた。出だしと到着時の写真をたまたま撮っていたので、その記録から読み取れた。
こういう記録もまた、スマフォ内に刻まれている。
たまにスマフォの記録を振り返るのが面白い証拠でもある。
起伏が富んだ道のりを2時間半歩くというのはいい運動である。また、途中馬込にまつわる文士への記録などの発見もあるなど、地域散策としての面白さも詰まった企画であった。
観光を目的とした散策も面白いが、たまにはこういう変化を加えた散歩をやってみるのも面白い。
干支を描かなくても、普段歩かないところをちょっとはやってみるのもいいのではなかろうか。新しい発見があるかもしれない。
ただし、住宅街の散策は住民の迷惑にならないようにご注意を。

2018年11月 4日 (日)

日本のハロウィンは文脈を読み取れるかどうかで楽しみ方が違う

10月31日はハロウィンであり、その数日前からあらゆる繁華街で大勢の仮装した集団が繰り出していた光景を見かけたのではないだろうか。
日本ではすっかりと異国の季節イベントが根付いてしまったわけだが、その楽しみ方もすっかりと本家とは離れたところでアレンジし独自の文化に仕立ててしまっているところが日本人らしいと言えるのかも。
川崎や池袋のハロウィンはその参加者数と空気感からして、異国季節イベントではなく日本人の仮装イベントとして定着してしまったのだな。
すっかりとテレビやネットの話題を持ちさらった渋谷ハロウィンだけは別視点でとらえなければならないのだが。
もはや、この手の文章は幾らでもあらゆるところで読んだ人が多いと思われる。筆者もネット上で個人ブログからビジネスニュースサイトまで色々と識者の視点を読み漁っていた。
今更批判どうこうしてもしょうがないのだが、やはりマスメディアのあおりを受けて調子に乗って渋谷まで出向いた若者が多いという指摘は頷かざるを得なかったのでその点は軽く触れておきたい。幾つか推測があったのだが、バカ騒ぎした若者ほど実は普段は渋谷で遊んではなく、もっと郊外の遊ぶ選択肢が限られた場所で滞留しているような輩ではないのか、というものだ。今の渋谷を主戦場にしている若者の属性がどういうものかは知らないが、この推測はどこかなるほどと納得できるものであった。そんな燻った田舎のヤンキーをあおるような行為はほどほどにしなければ来年もまた荒れるに違いない。
さて、もう一気になる指摘を見つけた。
大山顕氏の
『渋谷のハロウィン騒動について思うのは、あれは高揚ではなく焦燥の結果ではないか、ということ。トリックオアトリートがないハロウィンはやることがないので、なにか成果を求めてしまったのではないか。』
というツイートからの、コスプレはハイコンテクストな文化、という指摘である。
なるほど、と今回何度も頷いているのだが。
つまり、川崎や池袋で見られたような本格的仮装はその裏側に潜む文脈を読んでこそ楽しめる文化なのだな。
まあ、家族でディズニーキャラになる風景もある意味ではその文脈を読み取り楽しめると言えば楽しめるが、それはまたハロウィンとは別の話になりそうなので。
本格的仮装をし、その文脈が捉えられる人間も巻き込んで大いに楽しめるのか。それができるのがコミケや川崎ハロウィンなのだろう。
そういう文脈を楽しめない人間が、ただ盛り上がるという部分だけを求め掬い上げてはしゃいじゃったのかも。
さて、最後に川崎ハロウィンで撮ったハイコンテクストな仮装写真を見て皆で楽しんでいただければ。
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2016年12月 4日 (日)

転売という行為は、作家への応援を遮断する

先日、もはや大型イベントの一つとなった、日本のアート界隈ではお馴染みのデザインフェスタが開催された。
デザインフェスタに関しては、この記事では省略する。
簡単に触れておくなら、年2回開催される海外も含めたプロアマ問わないアーティスト界隈の祭典である。即売会の要素が強いが、もちろんパフォーマンスもある。

そんなデザフェスで一つのトラブルが生じて話題になった。
それが、『転売問題』である。

恐らくは、盗作含めてこの界隈ではデザフェスに限らずどこかしらでちょくちょく起きている問題なのだろう。
で、その問題に筆者も巻き込まれる形になったのだ。
そのため、今回は『転売』についてちょっと考えを巡らしてみた。

問題になったのは、とあるぬいぐるみ作家さんの作品をネット経由で手に入れた人物が、作家さんには無断でデザインフェスタを利用して売りさばいていたということにある。
この作家さんのあずかり知らぬところで、我が物顔で作品を売る人間が現れた事実が大問題と化したのだ。

で。ネットで『転売』に関して検索すると既に昔から存在する問題のために多くの人間が色々な角度から検証している。
・詐欺にあたるのか 
 → そこに悪意(営利目的)があっての行為なのか
 → 仕入れ値より大幅な高値を付けているのは許せないという感情問題
 → ネットオークションでは、代金振り込んでも商品が届かないなどの分かり易い詐欺がある
・転売という行為そのものはそもそも世の中至る所にある(代理店など)
・古物商の資格はあるのか
などなど……
調べてみると、やはり グレー な部分が浮かび上がってきて何とも言えなくなる問題であることが窺えてくる。

しかし、気になるのは『倫理観』の視点から見るとどう捉えられるか。
やはり、俎上に載せるべきはここに至るのかなと。
多くの人が転売許せないと感じるのは、この倫理観から腑に落ちないためだろう。
とくに、扱われているのが、企業が売る商品でなく、個人が作った作品である点だ。

作家さんが丹精込めて作った作品を、その人とは関係ないところで無断で利用して利益をむさぼるという行為。
つまり、大本の作家さんは転売屋の利益取得にまんまと使われた格好になる。
これは憤っていい問題だろう。
資本主義社会において、この行為は問題ないのではないかと問う人も現れそうだが、倫理観重視で考えるとやはり許せはしない。

もし許されるとしたら、やはり正規代理店のような形で大本の作家さんが許したときのみだけではないだろうか。(それでも、買手は不当に高額な対価を払うことになるとも受け取れるが)

特に気にすべきは、デザインフェスタという場で行われたという点だ。
デザインフェスタという場の価値を考えていただきたい。
作家と作品、そして買手・作家のファンを(ほぼ)ダイレクトにつなげる場であるという点だ。
買手は作家と時に直接話しその苦労話や作品の見どころを聴きながら作品への理解を深め、時に購入に至るわけである。
その行為は、作家の作品に惚れ込んだ、作家自身の誠意にやられた、作家の人柄を気に入った……などなど、あらゆる肯定的な欲求により突き動かされた行為なのだ。
その根本的なところにあるのが、その作家を応援したい、もっと良質な作品を拝みたいという欲求からではないか。
買うという行為そのものは絶対的な応援なのだ。

それが、『転売』という形を挟んでしまうと無駄になってしまう。
なぜなら、その買手の行為や思いは直接作家には届かないし、間接的に届くことも難しいからだ。
結局、転売で本当にいい思いをするのはその転売で利益を得た人間だけなのである。
確かに、買手側には作品が残るには残るが、もしそれが転売と知った場合(筆者がそうなのだが)、なんだか微妙な気持ちになる。
筆者の場合、今回は完全に節約モードに入ってデザフェスに臨んだにもかかわらず、問題になったいた作品が目に飛び込んできて完全に『一目惚れ』してしまい、結果衝動買いしてしまったのだ。それぐらい感情を突き動かす魅力がその作品にはあり、そんな魅力を込める能力を持った作家さんは称賛に値すると言える。
その作家さんの作品を『転売』という形で購入してしまっては応援できていないに等しいのだ。
(皮肉にも、騒動で有名になってしまったのだが)

もう一度考えてほしい。
アート界隈における作品を買う(買わなくても、素晴らしいという意思を示す)という行為は、その作家さんを応援する意味も含まれている。
『転売』という形は、応援を遮断する行為に当たる。
それを踏まてデザインフェスタで転売をするとはなんなのか考え直してみよう。

2016年11月 3日 (木)

待望の黄色いドラゴン、ぐれキャラとして降臨

最近の地域イベントというのはどこも規模が大きくなりその活況も年を追うごとに街イベントとは思えないほどの規模になっているように感じられる。
特に、都内で行われるイベントはどこもその人口規模を活かしてすさまじい勢いを見せている。
駅に降り立った時から既に人ごみで圧倒される思いになることもしばしば。

そんなイベントの一つにあるのが、先日10月29・30日両日に行われた高円寺フェスであろう。
このイベントも年を追うごとに活況が大きくなり、地域イベントの域を超えてきている。その日は駅中心に街全体がお祭り騒ぎでどこに行っても何かしらのパフォーマンスが見られた。
小屋に入らなくてもストリートで誰かが何かしら見せてくれるのだ。

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その一人……いや、その一匹として参戦していたのが、シャングリラドラゴン・ヒョウガくんである。
このドラゴン、ジャグリングを得意とし、主に浜松を拠点として活動している。
ぐれキャラとしての参戦表明も掲げていた。
半ばぐれキャラ追っかけの筆者はTwtter上で知った存在なのだが、ぐれキャラとなると追わざるをえない。
しかし、活動が静岡中心のためなかなか実際のパフォーマンスをお目にかかれる機会がないまま時間が経っていた。

だがだ、そう、だがだ……ついにその時はきた!
この度ついに念願の機会が訪れたのだ。
ヒョウガくんが高円寺に現れたのだ!

ということで、ほぼヒョウガくんを目的に筆者は高円寺まで急いで飛んでいった。中央線で。
(ヒョウガくんもドラゴンのくせに車で東京まで来ていた。背中の翼は小さすぎるか?)

以下、写真中心にヒョウガくんのパフォーマンスを紹介する。

 

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午後になり、高円寺も街全体が熱くなった頃、南口に一匹の黄色いドラゴンが現れた。
そう、彼こそが、筆者念願の黄色い餃子……ではなく、黄色いドラゴンのヒョウガくんだ!

駅前バス停乗り場脇に現れると、さっそくドラゴンマスター二人を引き連れて手際よく準備を始める。

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その間、元ぐれキャラの骸さんとの初遭遇などもあり、

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怪人カメレオールもいつの間にかあらわれて、場が混沌してきたもののパフォーマンスは始まっていきました。

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ジャグリングのパフォーマーといえば、パフォーマンス中の話術も重要なポイントになってきますが、ヒョウガくんは人間の言葉を発することができません。
したがって、上で示した写真の通り、自作テロップで表しています。
ファミコン風なのがポイント。
内臓がファミコン世代……。

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まずはウォーミングアップのパフォーマンス。
ブロックで作った傾斜に球を転がして、素早く取り上げていく。

地味なんじゃない? という声を感じ取ったのか……

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パフォーマンスのレベルが上がっていきます。
ちなみに、このパフォーマンスに筆者も突発参加。
タイミングに合わせてヒョウガくんに向かってこのオレンジのボールを投げると、そのまま流れ良くリズミカルにボールを回し始めてました。

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ドヤッ!

でも、色々やっておりましたが……

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最後はやってくるものです。

最後にやったパフォーマンスは、

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シガーボックスです!
しかも、テトリス型!
箱を宙に投げて、宙に放り出されている最中に箱の位置を入れ替えたりするパフォーマンスですね。

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これにて終了!
途中、設備の不調でBGMがなくなるハプニングもありましたが、何とか乗り切りました、

……とおもいきや?

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なんと、骸さんからアンコールの声が!
急遽、もう一パフォーマンス追加です。

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アンコールの声に応えて、ディアボロ!

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以上がヒョウガくんのこの日のパフォーマンスでした!

KKの総評

様々なぐれキャラを見てきたけど、これほどまでにダイナミックなパフォーマンスをする系統は初めてで、ぐれキャラとしては新鮮な目線で見られた。
また、ジャグリングをはじめとするパフォーマーが群雄割拠する中で、キャラ立ちするというのは非常に重要。となると、この黄色いドラゴンはまず印象に残る。
そういう点では強いなと。

ただ、上記にも軽く触れたが、ジャグリングはトークもまたパフォーマンスの一つだと感じられる。今まで何人か見てきたけど、トークの盛り上げ方がうまい人が多い。
そういう点では、この人間の言葉が発せられないというのは大きく不利に傾いているなという印象も受けた。
フリップを用意してもあるけど、それは事前に用意されたモノしかないのでアドリブにはものすごく弱い。
この点をいかに攻略するか。
喋られる、トークがうまいアシスタントを(それこそドラゴンマスターというキャラ設定で)つけておく工夫があると面白いかもしれない。

では、最後に他のぐれキャラとのショットを載せて終わらせよう。

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2016年9月11日 (日)

「#ラノベの仕事したい」持ち込みオフライン交流会 ~第2回~ を覗いてきた

「#ラノベの仕事したい」持ち込みオフライン交流会 ~第2回~

というイベント開催情報を掴んだので、去年の記事で紹介したワトウ氏と一緒に参加してみた。
このイベント、第2回目なのだが、実は筆者は第1回目もワトウ氏とともに参加していた。
その時の比較も合わせて、例によってTwitterの感想ツイートと一緒に軽くイベント内容を振り返ってみたい。
今後、ラノベの仕事がしたいと目論んでいて尚且つこのイベントに興味を持った人に届けば幸いである。

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始めに、イベントの流れを軽く触れておこう。
イベントはほぼ自由スタイルである。
参加者はそれぞれに『物書き』『イラストレーター』『編集・その他』と振り分けられ、それぞれに青・赤・黄の色分けされた紐がついた名札(名刺)を首からぶら下げて会場にたたずむ格好になる。
つまり、その色でその人がどの立場にあるかを軽く見分ける形になる。
イベントが始まれば、みんなその色から判断してそれぞれに目的の人へ話しかける。
といっても、もちろん編集の人間がターゲットになるわけで。
つまり、物書きやイラストレーターは黄色い紐を下げた編集を見つけ出して話しかけ、それぞれの作品をその場で提示して交渉する形になる。
話が進むようならば、個別のスペースや部屋も用意されていて、そこでじっくりと話し合う。
交渉といっても、もちろんここでいきなり具体的ビジネスな話に発展しているわけではない。自分は交渉の席に座ったわけではないのだが、恐らくその会社(レーベル)が求めている作風とは、仕事の流れはどのようなものか、などの説明に終わっているのだろう。もちろん、作品への意見を貰っている人もいるだろうが。
第三者目線で印象を書くにすぎないのだが、お互いが(特に編集側が)手探り状態に見えた。

当然、編集の人間もそれほど多くないので、待ち状態の人が多く生まれる。そういう人たちはそれぞれに何となく話し掛けあいながらそれぞれの事情を伺い合う。

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会場の真ん中には、写真のような駄菓子が置かれていて自由に食べらる。

第2回目の特徴として、別室にて新進気鋭のレーベルが個別に企画の説明会を開くこともあった。
筆者は参加しなかったのだが、こういう流れはこの企画全体を特徴づけるものとしては興味深い。
そのレーベルのイベントに対する本気度もうかがえるというものである。
(正直、1回目は編集側のやる気は疑われるレベルの印象)

流れを軽くまとめると

・主宰からの挨拶‐説明
・ホワイトボードに参加者は名刺を貼る
 →机にはそれぞれの作品サンプルを置く(閲覧自由)
・紐の色を見分けて編集への交渉と参加者同士の交流開始
・編集との話が進めば別室で交渉
・編集側の全体説明会開始
・お菓子食べてジュース飲みながら談笑
・閉めの挨拶

これに加えて、希望者にはスクリーンに自分の作品を映しながらアピールすることもできた。
前回あった、ライターなどのトークショーは完全に省略。

以下、筆者ツイートから

〇 今日のイベント、正直書いてしまうと出版社側の参加が少なくやや物足りない印象があった。 自分の立ち位置的には第三者なので多かろうが少なかろうが関係ないのだが、仕事狙っている人には消化不良な部分もあったのではなかろうか。

〇 ただ、交流会という側面から覗いてみると面白い。 小説側からしても文フリには参加しないような人が多めで、そういう人たちの感覚や傾向が窺い知れた。(特になろうなどのWeb中心にやっている人たち) Web中心だと普段直に交流することが少なくなるので、こういう場は貴重とも捉えられる。

〇 今回から現れたのは、出版側の個別説明会。 ゲームブック関係の人が別室に興味ある人を集めて企画の説明をしていた。 ただ、自分は参加しなかったので詳細は書けない。

〇 個人的な要求は、後半ゆるくなった時間には椅子を持ち出して欲しい。 何時間も立っているのは辛い。

〇 次回、1月後半か2月にあるそうなので、興味がある人はどうぞ。 仕事に結びつくかは不明だけど、交流という意味でもおもしろい企画です。

〇 あと、 交流会 としての要求としては予め個々人のプロフィールが簡単にでも分かるようにしてくれれば。 一覧表が出ていれば後にも先にも便利。

〇 という話を、スタッフの岩上さんに話せばよかったか。

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総評
前回のイベントでは、ファミ通文庫などのレーベルも参加していたものの、今回は有名どこはほぼなし。全体的にも編集として参加している人が少なく、本気で仕事探していた人には物足りなかったのではなかろうか。
その代り、立ち上がったばかりの出版社から何人か参加していて、その方々は逆に本気度をうかがい知れた。立ち上がったばかりという点が気になるものの、本気度では1回目で消え去った編集とはまず間違いなく違うだろう。個別に説明会を開いていたのはこの方達だ。
出版社がうまく軌道に乗れば、このイベントから仕事に結び付けられる人も出てくるのではなかろうか。そういう意味でも、この出版社自体にも注目してみたい。

個人的には、いわゆる なろう系 の人たちを中心としたWeb系の物書きが多く参加しているのが印象的であった。文学フリマでもWebで発表している人は多いが、やはり主戦場は同人誌の人たちだ。そうではなく、Webのみでの活動をしている人たちと触れ合えたのは興味深い。まあ、だからといって特別何かが変わるわけでもないのだが。
新人書を受賞しているような作家も普通に混じっていたのも面白い。
デビュー済みの人とも交流できるという意味では<交流会>としての意義はあるのではないだろうか。
今回は、前回からの反省からか<交流会>という意味合いを強めていた印象はある。
聴いている人が少なかったトークショーを完全に省き、時間もやや短縮。
(前回は、編集側と交渉している間にトークショーが開催されていて、参加者はトークショーどころではなかった)
その代りに、交流会後はアフターも用意していた。(筆者参加せず)
そこで酒を交えながらより深い話をできた人もいるはずである。
どこにイベントの中心的要素を見出すかは重要である。
ただし、<交流会>を望んできている人がどれほどいたかは不明。
やはり、編集側との交渉を望んでいる人は多くいたはずであるから、次回はもっと編集側の人間の参加が望まれる。

あとは、このような交渉ごとに慣れていない人も多いと推測される。
誰か、事前に基本的心構えというか、流れや準備しておいた方がいいアイテムやセールストークなどをレクチャーしてくれればありがたいのではないだろうか。
経験者、フォーマット作成を望む。

営業経験者なら、スクリーンにパワポで作ったプレゼン資料風の映像を流しながらアピールしてもいいかもね。自分のイラストを採用することにより、御社にはこれだけの利益をもたらす、みたいな。
もしくは、その代役を誰かに依頼してみるとか。

長くなりそうなので、この辺で閉めよう。
他の参加者も、気が付いた点や要望は主宰者へアピールしておいた方がいい。
第3回もあるのだから、改善点として考慮されるかもしれない。
主宰の岩上さんも生もの声が貴重だという意味合いの言葉をおっしゃってたので。

2016年6月 8日 (水)

立ち上がってもいないが惑ってもいられないので

http://kingkurofune.cocolog-nifty.com/kktheater/kikakurinen.html

かつて、同人誌を出すにあたり上記ページの宣言を力強くした。
少しくどい表現になっているが、ようは「オリジナルを中心に活動している創作者同士が繋がりあって一つの目標に突き進むと面白い作品ができるに決まっているじゃないか! 既存の創作(2次創作)ばかりを消費していないで、新しい可能性に目を向けろよ!」ということである。
改めて表現しなおすなら、「オリジナルでやっている目立っていないが実力ある創作者は世の中たくさんいる。そういう人間同士で繋がりあって刺激的な作品を世に送り出してインパクトを与えてやりたい!」となるだろうか。

 

6月8日はKKの誕生日である。
2016年の誕生日はちょうどキリがいい。
だからこそ、改めて自分の活動を振り返りつつ、人生の分岐点にするためにも今後を考えてみたい。そのための、上記宣言を読み返してみた。

上記で改めて言い直したとおり、今の自分は世の中に溢れている創作者の皆様方をもっと世の中の流れに乗せていく手伝いをしていきたいと感じてならないのだ。つまり、『エンターテイメントの伝道師』である。

これだけ世の中には多くの優良なコンテンツが溢れ、しかも情報が玉石混淆で土石流のように常時押し出されている。
また、様々なツールや情報をネット経由で手軽に手に入れられるようになったものだから、創作者自体がもはや数えきれないほど出現してしまった。そこそこの腕前の人間なら、石を適当に放り投げても当たるくらいである。
そんな飽和状態だからこそ、本当に面白いと思えたクリエイターはきちんと面白いと大きな声で周囲に拡散したい。

また、そういうクリエイターとそのパフォーマンスを享受する側での交流もまた演出したい。
創る側も受ける側もまた、ともに創作に関して多くを語りたい欲求に飢えているはずだから。

そんな『エンターテイメントの伝道師』を目指すという気持ちを高めて、新しい年齢を境に惑わずに立ち上がろうと思う。

2015年12月23日 (水)

見てよ、これが私の本性だ!

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誰もが変身願望を持っているというのは昔からよく聞く話だ。
中西圭三も、誰かになる 何かになる それを夢と信じていた と歌っていた。
現状の自分に対して何かしらの不満・物足りなさを抱えている人も多いだろう。また、人には言えない何かを懐に忍ばせたまま出せずにいる人や、願望を火の玉に変換して口から吐き出してしまいたいがそれが叶わずに頭を抱えて日々悩んでいる人もいるはずだ。
そういう人たちは、日々得体の知れぬ焦燥感を覚えながら暮らしているに違いない。
誰もが現状の自分を忘れ去り、他の何かになってそれこそ火球を飛ばし燃え上がらせたいと欲望を発酵させているはずだ。

現状の自分ではない何かになるというのは容易いことではない。もちろん、魔法を唱えて変身するわけにもいかないわけだが、それを容易に叶えている趣味を持つ人たちがいるみたいだ。
それが着ぐるみを着こむ人たちである。

コスプレ趣味なら昔からある変身的な類であろう。
しかし、あれは少し違う。あれは、素の自分がベースとなっている。
素の自分を上書きして……つまり、素の自分+アニメキャラなどの非現実的キャラ、なのである。だから、そこにあるのは素の自分でもある。完全に隠しきっているわけではない。
そこでの素振りは、そのキャラにすべて覆われるわけでなく、ほぼ素の自分にかぶってくるわけだ。
しかし、着ぐるみは全てを覆い隠し、そのキャラのみに変貌してしまう。
だから、その時のしぐさ行動は全てその『キャラ』に返っていくわけだ。

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先日、原宿にあるデザインフェスタギャラリーという場所に赴いてきた。
そこで開催されていた、『KEMONO LINE展 2015』という企画展を観に行くためだった。
ここで、ようやく着ぐるみの本題である。

K-LINEという集団をご存じだろうか?
着ぐるみを生産している集団である。詳しくはリンク先をご覧いただきたい。
そこの人たちが、件のギャラリーにて今後の活動方針を披露するためにかイベントを開いていた。

KKも、この手の活動をする人たちを最近になり少しだけだが追っている傾向にある。
それだけに、少し気になり観に行ってみたのだ。
そこで感じたことを、恒例となったTwitterのツイートを掲載しながら振り返ってみる。

 

〇ちょっと覗いてみた。
スタッフと話をしてみて興味深い話を聞けた。
結構アート感覚も含まれているというのは、この手の系統の人たちと少し違うのかな。そこが惹かれる。 pic.twitter.com/vfoeWzLVQN

〇スタッフさんの話に出ていた、着ぐるみに入ると自分の潜んだ内面が表面に出てくるという指摘は面白い。
現代的である。

〇十代後半から二十代にかけての趣味とのこと。
通りかかりのおばあちゃんが「最近の若者はこういう趣味が……」と呟いていたらしいが、まさに最近の若者の趣味。

〇みんな、何かになる、誰かになる願望が強いのだろう。
つまり、表面の自分では表しきれない一面、もしくは隠しておきたい一面をいかに抱えているのかを示唆してはいないだろうか。

〇この手の傾向を、ちょっと小説の中に取り込んでいきたい。

〇君だけが ただ自分になりたいと 呟いた声 不意に思い出した♪

〇結局、どこかで自分にならないといけないと思える。そこで、自分になる芯・核を持っているかが問われる。

〇では、ぐれキャラのような特殊な風貌に自分を装う人たちはどのような心境なのだろうか?
年齢的には、若干こちらの方が高そうだが。

まあ、職業にしている人たちもそれなりにいるのでなんとも言えないだろうが。

 

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(壁には、着ぐるみに使われている素材も写真のように展示してあった)

着ぐるみの中に入ることにより、普段は見せられない隠した本性が着ぐるみを通して出せるそうだ。それは、もちろん負の感情ではないだろう。キャラクターになりきることにより、本当の素、つまりはあまりに露骨に素の感情なためにフィルターを通さずに見せてしまえばドン引きされるような自分を、着ぐるみという分厚いフィルター越しにすれば見せることができるということなのだと思う。
恥ずかしいとかそういう感覚もあるのだろうが、それとはまた違う楽しい……そう、無邪気な自分を人に見せられるというのがポイントになっていると思えるのだ。

普段の自分など誰も理解してくれない、そう感じている人間こそ、この分厚いフィルターを通すことによりそのギャップが惜しみなく放出された自分を見せられるのだ。そんな行為こそにあこがれる若者が多いからこそ、若者にこの手の趣味が出回っているのだろう。

誰かになる 何かになる

そんな夢をかなえるために、若者は自らの努力を惜しむことなく、ある種のイノベーションを起こしながら今までにない活動を開発しているのだ。

しかし、だからこそ自分になることとは? という疑問が生じてしまうが。

その疑問は、ある程度の年齢を重ねた人間が持つ錆びついた思考なのかもしれない。
彼らには、着ぐるみを通し自分を表現することにより何かを掴んでほしいものだ。

 

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2015年11月 8日 (日)

横須賀とアキバカルチャーの親和性は?

先日、KKが住む横須賀市で『ヨコカル祭』というイベントが開かれた。
 
ヨコカル祭(公式より)

横須賀市の三笠公園、芸術劇場をメイン会場とした、コスプレハロウィンイベント「ヨコカル祭」。
記念艦「三笠」砲台前でのコスプレ撮影、三笠公園の痛車展示や、
芸術劇場では吹奏楽アニソン選手権、のら犬兄弟のアニメ業界時事放談公開収録など、
横須賀ならではのハロウィンをお楽しみいただけます。

去年の今頃も、三笠公園を利用して痛車の展示をやったり、アニメプロディーサーや大学で観光学を教えている教授を招いてのトークイベントをやっていた。その続編の意味合いを持つイベントなのだろう
去年に引き続き、地元住人であるKKはこのヨコカル祭へ訪れ、横須賀で開かれるサブカルに属した地域イベンの実態を身をもって味わってきた
そのレポにと、KKなりに見出した課題をここに記っす。
といえど、カワハロの記事と同じくTwitterのツイートを利用してだが。

以下、ツイート内容
()内はこの記事を書くにあたり、KKが追記した解説。太文字は、KKが重要と捉えたキーワード。

〇正直書きましょうか?
盛り上がりがイマイチ。
(三笠公園をぐるりと周り感想)

〇これね、なんでかと考えると、あれだ。
渋谷にハロウィン目的で繰り出してる若者系がいないからだよ。
ウェーイ! 系がいなくて、オタク系たがらどうしてもね。
で、横須賀市民とのマッチングもイマイチだから地味な空気になるんだよ。

〇米軍基地がすぐそこにあるわけなんだから、アメリカ人受けするノリも持ち込んだ方が早い気がすんだけど。

〇なんか、横須賀市民放置プレー状態な印象なんだよね。……。
変に内輪な空気が滲み出てるような。そんな印象。

〇と書いても、あれだよ。三笠公園しか見てないんで。ベイサイドポケットがどうなってるかは知らない。

マイルドヤンキー多い地というのも考慮する点かな。

〇ヨコカルは、イベント主催者、もしくはそれに準じたスポークスマンがいなかったな。
実態がよく見えないイベント。

〇アメリカ人と戯れることができる! と感じたのか、仮装した日本人がドブ板多かったな。
もちろん、仮装したアメリカ人も混じっていたが。独特のハロウィンを見た印象。
ある意味で、これぞ横須賀ならではの光景なのかもしれない。
(夜になってドブ板通りを通っての印象をツイートした内容。街には仮装した日本人の若者が多く、また外国人のチラホラ仮装していた)

〇六本木や渋谷でも見れそうだが、向こうは規模がデカすぎで空気感がまた違うでしょう。
こじんまりとした通りなのに、日米で一つの言語を超えた要素をもとには多人数がはしゃいでいる。この光景。

〇色々考えたけど、やはりどこかの地域で流行ったイベントや文化をそっくりそのまま持ってきて展開してもダメなんだな。それをうまい具合にその土地の地域性と融合させて似て非なる何かに変化させていかないと。
今回は、アキバカルチャーに横須賀の何かをちょっとでも混ぜ合わせればより受けたかもな

〇そもそも持つ街の力の差って当然あって、その差でできるできないことってあるよな。
その差をいかに企画で補えるか。むしろ補わなくては勝負にならない。
そんなことを、高円寺歩きながら感じていた。
(翌日11月1日に開かれた高円寺フェスを周りながらの感想ツイート。なんだかんだで、高円寺は巨大都市東京の一部であり、中央線という立地条件は大きい)

電車内で横須賀らしいカルチャーをずっと考えていたが、結論としてはワンピースのように仲間や家族を大切にしつつ、アメリカンなマッチョイズムをも兼ね備えた暖かくそれでいて心強い集団が作り出すストーリーなのかなと。
EXILEのようなオラオラ系な外見が好まれるかな。
(数日後、電車内で横須賀らしさとは何かを考えていきついた結果)

唐突によそから持ってきた「ある地域で大成功している何か」を利用して大きなイベント開こうとしてもダメで、その地域に根ざした要素を利用しつつまずは小さく展開して、その地域に受け入れられるようにしないとダメなんだな。
日常的な風景になることを目指さないと。
(東洋経済オンラインの記事を読んで)

〇横須賀も、横須賀市民に馴染みのある要素を利用しつつ、そこにサブカル的な要素を足した独自文化を生み出し、それを地道に展開させてまずは日常的な風景に持っていってから大きなイベントを仕掛けないとダメなんだろうな。
(上記と同じ)

〇横須賀のイメージを検索してみると、やはりドブ板通りが出てくる。基地のすぐ近くで、夜になると本当に日本かと思えるほどにアメリカンな空気になる。
にしては、横須賀にはアメリカンなエンターテイメントが少ない。

〇アメリカンエンターテイメントやEXILEな空気感が混ざったパフォーマンスが展開できれば……。

〇一層、アメリカ人に地元密着キャラやってもらうとか。
(最終的に話が変な方向へ飛んできた)

 

途中、東洋経済オンライン読んでのツイートが今のKKの本心かな。
他で流行っているからといって、唐突に地元へ持ってきても馴染まない要素は多いと思える。(もちろん、馴染むものもあるだろうが)
横須賀市民の特性を読み解き、その地域に合ったカルチャーをより変化させていく方が馴染んでいくかと思われる。
つまり、アキバカルチャーなんて極一部の人間しか享受していなかった、更には場所的に(横須賀中央から秋葉原までは、電車移動だけなら1時間強で着く)そういう人は実際に秋葉原に出向いていたであろう事情があるというのに、唐突にアキバカルチャーを展開されても乗っかってくる市民は少なかったのではないだろうか。

イングレスは、世界的にはやっているゲームであり、どこか特定の地域で流行っているカルチャーではないので意味合いが違う。こういう大きな物語を取り入れるのは意味がありそうだが。

そして、何よりも横須賀市民の多くはまだアキバカルチャーというよりEXILEのようなオラオラ系エンターテイメントなのであろう。マイルドヤンキー多いし、まだまだパチンコ店が街に乱立しているような街であるところからして……そういう街である。

そういう市民特性と、サブカルチャーの要素をうまい具合に混ぜ合わせていって、独特の空気感を作ることを目指した方が面白いに違いない。
オラオラ系サブカルという他の地域にはない空気が出せれば面白いはず。
DJクラブイベントが都内で多いけど、ならばダンスチームが活躍できる場を横須賀は作ってみるとか。そして、そのコラボを展開していくなど。

オタクとヤンキーは最悪の相性だと思われる人も多いだろう。
その通りだ。(と言えど、両方の人種は源流まで辿ると同じだと思えて仕方ないが)
しかし、何も今回のようにオタクカルチャーを呼び込む必要性はどこにもない。
市民性とターゲット層はどこかというのを問い直せばいいだけの話。

いきなりデカく出る必要はない。というか、デカく出ようとするのは無理がある。まずは着実に根付かせる努力を実行し、やがては全国から横須賀サブカルチャーとはこれだ! と認識されるようになればいい。

 

Maskm1

最後に、踊るマスクメイド
マスクメイドの活動は、地域とかアキバカルチャーとか関係なく一目を置いている

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