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2016年12月 4日 (日)

転売という行為は、作家への応援を遮断する

先日、もはや大型イベントの一つとなった、日本のアート界隈ではお馴染みのデザインフェスタが開催された。
デザインフェスタに関しては、この記事では省略する。
簡単に触れておくなら、年2回開催される海外も含めたプロアマ問わないアーティスト界隈の祭典である。即売会の要素が強いが、もちろんパフォーマンスもある。

そんなデザフェスで一つのトラブルが生じて話題になった。
それが、『転売問題』である。

恐らくは、盗作含めてこの界隈ではデザフェスに限らずどこかしらでちょくちょく起きている問題なのだろう。
で、その問題に筆者も巻き込まれる形になったのだ。
そのため、今回は『転売』についてちょっと考えを巡らしてみた。

問題になったのは、とあるぬいぐるみ作家さんの作品をネット経由で手に入れた人物が、作家さんには無断でデザインフェスタを利用して売りさばいていたということにある。
この作家さんのあずかり知らぬところで、我が物顔で作品を売る人間が現れた事実が大問題と化したのだ。

で。ネットで『転売』に関して検索すると既に昔から存在する問題のために多くの人間が色々な角度から検証している。
・詐欺にあたるのか 
 → そこに悪意(営利目的)があっての行為なのか
 → 仕入れ値より大幅な高値を付けているのは許せないという感情問題
 → ネットオークションでは、代金振り込んでも商品が届かないなどの分かり易い詐欺がある
・転売という行為そのものはそもそも世の中至る所にある(代理店など)
・古物商の資格はあるのか
などなど……
調べてみると、やはり グレー な部分が浮かび上がってきて何とも言えなくなる問題であることが窺えてくる。

しかし、気になるのは『倫理観』の視点から見るとどう捉えられるか。
やはり、俎上に載せるべきはここに至るのかなと。
多くの人が転売許せないと感じるのは、この倫理観から腑に落ちないためだろう。
とくに、扱われているのが、企業が売る商品でなく、個人が作った作品である点だ。

作家さんが丹精込めて作った作品を、その人とは関係ないところで無断で利用して利益をむさぼるという行為。
つまり、大本の作家さんは転売屋の利益取得にまんまと使われた格好になる。
これは憤っていい問題だろう。
資本主義社会において、この行為は問題ないのではないかと問う人も現れそうだが、倫理観重視で考えるとやはり許せはしない。

もし許されるとしたら、やはり正規代理店のような形で大本の作家さんが許したときのみだけではないだろうか。(それでも、買手は不当に高額な対価を払うことになるとも受け取れるが)

特に気にすべきは、デザインフェスタという場で行われたという点だ。
デザインフェスタという場の価値を考えていただきたい。
作家と作品、そして買手・作家のファンを(ほぼ)ダイレクトにつなげる場であるという点だ。
買手は作家と時に直接話しその苦労話や作品の見どころを聴きながら作品への理解を深め、時に購入に至るわけである。
その行為は、作家の作品に惚れ込んだ、作家自身の誠意にやられた、作家の人柄を気に入った……などなど、あらゆる肯定的な欲求により突き動かされた行為なのだ。
その根本的なところにあるのが、その作家を応援したい、もっと良質な作品を拝みたいという欲求からではないか。
買うという行為そのものは絶対的な応援なのだ。

それが、『転売』という形を挟んでしまうと無駄になってしまう。
なぜなら、その買手の行為や思いは直接作家には届かないし、間接的に届くことも難しいからだ。
結局、転売で本当にいい思いをするのはその転売で利益を得た人間だけなのである。
確かに、買手側には作品が残るには残るが、もしそれが転売と知った場合(筆者がそうなのだが)、なんだか微妙な気持ちになる。
筆者の場合、今回は完全に節約モードに入ってデザフェスに臨んだにもかかわらず、問題になったいた作品が目に飛び込んできて完全に『一目惚れ』してしまい、結果衝動買いしてしまったのだ。それぐらい感情を突き動かす魅力がその作品にはあり、そんな魅力を込める能力を持った作家さんは称賛に値すると言える。
その作家さんの作品を『転売』という形で購入してしまっては応援できていないに等しいのだ。
(皮肉にも、騒動で有名になってしまったのだが)

もう一度考えてほしい。
アート界隈における作品を買う(買わなくても、素晴らしいという意思を示す)という行為は、その作家さんを応援する意味も含まれている。
『転売』という形は、応援を遮断する行為に当たる。
それを踏まてデザインフェスタで転売をするとはなんなのか考え直してみよう。

2016年11月 3日 (木)

待望の黄色いドラゴン、ぐれキャラとして降臨

最近の地域イベントというのはどこも規模が大きくなりその活況も年を追うごとに街イベントとは思えないほどの規模になっているように感じられる。
特に、都内で行われるイベントはどこもその人口規模を活かしてすさまじい勢いを見せている。
駅に降り立った時から既に人ごみで圧倒される思いになることもしばしば。

そんなイベントの一つにあるのが、先日10月29・30日両日に行われた高円寺フェスであろう。
このイベントも年を追うごとに活況が大きくなり、地域イベントの域を超えてきている。その日は駅中心に街全体がお祭り騒ぎでどこに行っても何かしらのパフォーマンスが見られた。
小屋に入らなくてもストリートで誰かが何かしら見せてくれるのだ。

Hyouga_01

その一人……いや、その一匹として参戦していたのが、シャングリラドラゴン・ヒョウガくんである。
このドラゴン、ジャグリングを得意とし、主に浜松を拠点として活動している。
ぐれキャラとしての参戦表明も掲げていた。
半ばぐれキャラ追っかけの筆者はTwtter上で知った存在なのだが、ぐれキャラとなると追わざるをえない。
しかし、活動が静岡中心のためなかなか実際のパフォーマンスをお目にかかれる機会がないまま時間が経っていた。

だがだ、そう、だがだ……ついにその時はきた!
この度ついに念願の機会が訪れたのだ。
ヒョウガくんが高円寺に現れたのだ!

ということで、ほぼヒョウガくんを目的に筆者は高円寺まで急いで飛んでいった。中央線で。
(ヒョウガくんもドラゴンのくせに車で東京まで来ていた。背中の翼は小さすぎるか?)

以下、写真中心にヒョウガくんのパフォーマンスを紹介する。

 

Cv6gda7vmaamuovjpg_large

午後になり、高円寺も街全体が熱くなった頃、南口に一匹の黄色いドラゴンが現れた。
そう、彼こそが、筆者念願の黄色い餃子……ではなく、黄色いドラゴンのヒョウガくんだ!

駅前バス停乗り場脇に現れると、さっそくドラゴンマスター二人を引き連れて手際よく準備を始める。

Hyouga_mukuro_01
その間、元ぐれキャラの骸さんとの初遭遇などもあり、

Hyouga_kame_01

怪人カメレオールもいつの間にかあらわれて、場が混沌してきたもののパフォーマンスは始まっていきました。

Hyouga_00
ジャグリングのパフォーマーといえば、パフォーマンス中の話術も重要なポイントになってきますが、ヒョウガくんは人間の言葉を発することができません。
したがって、上で示した写真の通り、自作テロップで表しています。
ファミコン風なのがポイント。
内臓がファミコン世代……。

Hyouga_02
まずはウォーミングアップのパフォーマンス。
ブロックで作った傾斜に球を転がして、素早く取り上げていく。

地味なんじゃない? という声を感じ取ったのか……

Hyouga_05

Hyouga_11
パフォーマンスのレベルが上がっていきます。
ちなみに、このパフォーマンスに筆者も突発参加。
タイミングに合わせてヒョウガくんに向かってこのオレンジのボールを投げると、そのまま流れ良くリズミカルにボールを回し始めてました。

Hyouga_12

ドヤッ!

でも、色々やっておりましたが……

Hyouga_06
最後はやってくるものです。

最後にやったパフォーマンスは、

Hyouga_04
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シガーボックスです!
しかも、テトリス型!
箱を宙に投げて、宙に放り出されている最中に箱の位置を入れ替えたりするパフォーマンスですね。

Hyouga_14
これにて終了!
途中、設備の不調でBGMがなくなるハプニングもありましたが、何とか乗り切りました、

……とおもいきや?

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なんと、骸さんからアンコールの声が!
急遽、もう一パフォーマンス追加です。

Hyouga_10
アンコールの声に応えて、ディアボロ!

Hyouga_09
以上がヒョウガくんのこの日のパフォーマンスでした!

KKの総評

様々なぐれキャラを見てきたけど、これほどまでにダイナミックなパフォーマンスをする系統は初めてで、ぐれキャラとしては新鮮な目線で見られた。
また、ジャグリングをはじめとするパフォーマーが群雄割拠する中で、キャラ立ちするというのは非常に重要。となると、この黄色いドラゴンはまず印象に残る。
そういう点では強いなと。

ただ、上記にも軽く触れたが、ジャグリングはトークもまたパフォーマンスの一つだと感じられる。今まで何人か見てきたけど、トークの盛り上げ方がうまい人が多い。
そういう点では、この人間の言葉が発せられないというのは大きく不利に傾いているなという印象も受けた。
フリップを用意してもあるけど、それは事前に用意されたモノしかないのでアドリブにはものすごく弱い。
この点をいかに攻略するか。
喋られる、トークがうまいアシスタントを(それこそドラゴンマスターというキャラ設定で)つけておく工夫があると面白いかもしれない。

では、最後に他のぐれキャラとのショットを載せて終わらせよう。

Hyouga_g01

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2016年9月11日 (日)

「#ラノベの仕事したい」持ち込みオフライン交流会 ~第2回~ を覗いてきた

「#ラノベの仕事したい」持ち込みオフライン交流会 ~第2回~

というイベント開催情報を掴んだので、去年の記事で紹介したワトウ氏と一緒に参加してみた。
このイベント、第2回目なのだが、実は筆者は第1回目もワトウ氏とともに参加していた。
その時の比較も合わせて、例によってTwitterの感想ツイートと一緒に軽くイベント内容を振り返ってみたい。
今後、ラノベの仕事がしたいと目論んでいて尚且つこのイベントに興味を持った人に届けば幸いである。

Akibapop20160910_1jpg_large
始めに、イベントの流れを軽く触れておこう。
イベントはほぼ自由スタイルである。
参加者はそれぞれに『物書き』『イラストレーター』『編集・その他』と振り分けられ、それぞれに青・赤・黄の色分けされた紐がついた名札(名刺)を首からぶら下げて会場にたたずむ格好になる。
つまり、その色でその人がどの立場にあるかを軽く見分ける形になる。
イベントが始まれば、みんなその色から判断してそれぞれに目的の人へ話しかける。
といっても、もちろん編集の人間がターゲットになるわけで。
つまり、物書きやイラストレーターは黄色い紐を下げた編集を見つけ出して話しかけ、それぞれの作品をその場で提示して交渉する形になる。
話が進むようならば、個別のスペースや部屋も用意されていて、そこでじっくりと話し合う。
交渉といっても、もちろんここでいきなり具体的ビジネスな話に発展しているわけではない。自分は交渉の席に座ったわけではないのだが、恐らくその会社(レーベル)が求めている作風とは、仕事の流れはどのようなものか、などの説明に終わっているのだろう。もちろん、作品への意見を貰っている人もいるだろうが。
第三者目線で印象を書くにすぎないのだが、お互いが(特に編集側が)手探り状態に見えた。

当然、編集の人間もそれほど多くないので、待ち状態の人が多く生まれる。そういう人たちはそれぞれに何となく話し掛けあいながらそれぞれの事情を伺い合う。

Akibapop20160910_2jpg_large

会場の真ん中には、写真のような駄菓子が置かれていて自由に食べらる。

第2回目の特徴として、別室にて新進気鋭のレーベルが個別に企画の説明会を開くこともあった。
筆者は参加しなかったのだが、こういう流れはこの企画全体を特徴づけるものとしては興味深い。
そのレーベルのイベントに対する本気度もうかがえるというものである。
(正直、1回目は編集側のやる気は疑われるレベルの印象)

流れを軽くまとめると

・主宰からの挨拶‐説明
・ホワイトボードに参加者は名刺を貼る
 →机にはそれぞれの作品サンプルを置く(閲覧自由)
・紐の色を見分けて編集への交渉と参加者同士の交流開始
・編集との話が進めば別室で交渉
・編集側の全体説明会開始
・お菓子食べてジュース飲みながら談笑
・閉めの挨拶

これに加えて、希望者にはスクリーンに自分の作品を映しながらアピールすることもできた。
前回あった、ライターなどのトークショーは完全に省略。

以下、筆者ツイートから

〇 今日のイベント、正直書いてしまうと出版社側の参加が少なくやや物足りない印象があった。 自分の立ち位置的には第三者なので多かろうが少なかろうが関係ないのだが、仕事狙っている人には消化不良な部分もあったのではなかろうか。

〇 ただ、交流会という側面から覗いてみると面白い。 小説側からしても文フリには参加しないような人が多めで、そういう人たちの感覚や傾向が窺い知れた。(特になろうなどのWeb中心にやっている人たち) Web中心だと普段直に交流することが少なくなるので、こういう場は貴重とも捉えられる。

〇 今回から現れたのは、出版側の個別説明会。 ゲームブック関係の人が別室に興味ある人を集めて企画の説明をしていた。 ただ、自分は参加しなかったので詳細は書けない。

〇 個人的な要求は、後半ゆるくなった時間には椅子を持ち出して欲しい。 何時間も立っているのは辛い。

〇 次回、1月後半か2月にあるそうなので、興味がある人はどうぞ。 仕事に結びつくかは不明だけど、交流という意味でもおもしろい企画です。

〇 あと、 交流会 としての要求としては予め個々人のプロフィールが簡単にでも分かるようにしてくれれば。 一覧表が出ていれば後にも先にも便利。

〇 という話を、スタッフの岩上さんに話せばよかったか。

Akibapop20160910_jpg_large

総評
前回のイベントでは、ファミ通文庫などのレーベルも参加していたものの、今回は有名どこはほぼなし。全体的にも編集として参加している人が少なく、本気で仕事探していた人には物足りなかったのではなかろうか。
その代り、立ち上がったばかりの出版社から何人か参加していて、その方々は逆に本気度をうかがい知れた。立ち上がったばかりという点が気になるものの、本気度では1回目で消え去った編集とはまず間違いなく違うだろう。個別に説明会を開いていたのはこの方達だ。
出版社がうまく軌道に乗れば、このイベントから仕事に結び付けられる人も出てくるのではなかろうか。そういう意味でも、この出版社自体にも注目してみたい。

個人的には、いわゆる なろう系 の人たちを中心としたWeb系の物書きが多く参加しているのが印象的であった。文学フリマでもWebで発表している人は多いが、やはり主戦場は同人誌の人たちだ。そうではなく、Webのみでの活動をしている人たちと触れ合えたのは興味深い。まあ、だからといって特別何かが変わるわけでもないのだが。
新人書を受賞しているような作家も普通に混じっていたのも面白い。
デビュー済みの人とも交流できるという意味では<交流会>としての意義はあるのではないだろうか。
今回は、前回からの反省からか<交流会>という意味合いを強めていた印象はある。
聴いている人が少なかったトークショーを完全に省き、時間もやや短縮。
(前回は、編集側と交渉している間にトークショーが開催されていて、参加者はトークショーどころではなかった)
その代りに、交流会後はアフターも用意していた。(筆者参加せず)
そこで酒を交えながらより深い話をできた人もいるはずである。
どこにイベントの中心的要素を見出すかは重要である。
ただし、<交流会>を望んできている人がどれほどいたかは不明。
やはり、編集側との交渉を望んでいる人は多くいたはずであるから、次回はもっと編集側の人間の参加が望まれる。

あとは、このような交渉ごとに慣れていない人も多いと推測される。
誰か、事前に基本的心構えというか、流れや準備しておいた方がいいアイテムやセールストークなどをレクチャーしてくれればありがたいのではないだろうか。
経験者、フォーマット作成を望む。

営業経験者なら、スクリーンにパワポで作ったプレゼン資料風の映像を流しながらアピールしてもいいかもね。自分のイラストを採用することにより、御社にはこれだけの利益をもたらす、みたいな。
もしくは、その代役を誰かに依頼してみるとか。

長くなりそうなので、この辺で閉めよう。
他の参加者も、気が付いた点や要望は主宰者へアピールしておいた方がいい。
第3回もあるのだから、改善点として考慮されるかもしれない。
主宰の岩上さんも生もの声が貴重だという意味合いの言葉をおっしゃってたので。

2016年6月 8日 (水)

立ち上がってもいないが惑ってもいられないので

http://kingkurofune.cocolog-nifty.com/kktheater/kikakurinen.html

かつて、同人誌を出すにあたり上記ページの宣言を力強くした。
少しくどい表現になっているが、ようは「オリジナルを中心に活動している創作者同士が繋がりあって一つの目標に突き進むと面白い作品ができるに決まっているじゃないか! 既存の創作(2次創作)ばかりを消費していないで、新しい可能性に目を向けろよ!」ということである。
改めて表現しなおすなら、「オリジナルでやっている目立っていないが実力ある創作者は世の中たくさんいる。そういう人間同士で繋がりあって刺激的な作品を世に送り出してインパクトを与えてやりたい!」となるだろうか。

 

6月8日はKKの誕生日である。
2016年の誕生日はちょうどキリがいい。
だからこそ、改めて自分の活動を振り返りつつ、人生の分岐点にするためにも今後を考えてみたい。そのための、上記宣言を読み返してみた。

上記で改めて言い直したとおり、今の自分は世の中に溢れている創作者の皆様方をもっと世の中の流れに乗せていく手伝いをしていきたいと感じてならないのだ。つまり、『エンターテイメントの伝道師』である。

これだけ世の中には多くの優良なコンテンツが溢れ、しかも情報が玉石混淆で土石流のように常時押し出されている。
また、様々なツールや情報をネット経由で手軽に手に入れられるようになったものだから、創作者自体がもはや数えきれないほど出現してしまった。そこそこの腕前の人間なら、石を適当に放り投げても当たるくらいである。
そんな飽和状態だからこそ、本当に面白いと思えたクリエイターはきちんと面白いと大きな声で周囲に拡散したい。

また、そういうクリエイターとそのパフォーマンスを享受する側での交流もまた演出したい。
創る側も受ける側もまた、ともに創作に関して多くを語りたい欲求に飢えているはずだから。

そんな『エンターテイメントの伝道師』を目指すという気持ちを高めて、新しい年齢を境に惑わずに立ち上がろうと思う。

2015年12月23日 (水)

見てよ、これが私の本性だ!

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誰もが変身願望を持っているというのは昔からよく聞く話だ。
中西圭三も、誰かになる 何かになる それを夢と信じていた と歌っていた。
現状の自分に対して何かしらの不満・物足りなさを抱えている人も多いだろう。また、人には言えない何かを懐に忍ばせたまま出せずにいる人や、願望を火の玉に変換して口から吐き出してしまいたいがそれが叶わずに頭を抱えて日々悩んでいる人もいるはずだ。
そういう人たちは、日々得体の知れぬ焦燥感を覚えながら暮らしているに違いない。
誰もが現状の自分を忘れ去り、他の何かになってそれこそ火球を飛ばし燃え上がらせたいと欲望を発酵させているはずだ。

現状の自分ではない何かになるというのは容易いことではない。もちろん、魔法を唱えて変身するわけにもいかないわけだが、それを容易に叶えている趣味を持つ人たちがいるみたいだ。
それが着ぐるみを着こむ人たちである。

コスプレ趣味なら昔からある変身的な類であろう。
しかし、あれは少し違う。あれは、素の自分がベースとなっている。
素の自分を上書きして……つまり、素の自分+アニメキャラなどの非現実的キャラ、なのである。だから、そこにあるのは素の自分でもある。完全に隠しきっているわけではない。
そこでの素振りは、そのキャラにすべて覆われるわけでなく、ほぼ素の自分にかぶってくるわけだ。
しかし、着ぐるみは全てを覆い隠し、そのキャラのみに変貌してしまう。
だから、その時のしぐさ行動は全てその『キャラ』に返っていくわけだ。

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先日、原宿にあるデザインフェスタギャラリーという場所に赴いてきた。
そこで開催されていた、『KEMONO LINE展 2015』という企画展を観に行くためだった。
ここで、ようやく着ぐるみの本題である。

K-LINEという集団をご存じだろうか?
着ぐるみを生産している集団である。詳しくはリンク先をご覧いただきたい。
そこの人たちが、件のギャラリーにて今後の活動方針を披露するためにかイベントを開いていた。

KKも、この手の活動をする人たちを最近になり少しだけだが追っている傾向にある。
それだけに、少し気になり観に行ってみたのだ。
そこで感じたことを、恒例となったTwitterのツイートを掲載しながら振り返ってみる。

 

〇ちょっと覗いてみた。
スタッフと話をしてみて興味深い話を聞けた。
結構アート感覚も含まれているというのは、この手の系統の人たちと少し違うのかな。そこが惹かれる。 pic.twitter.com/vfoeWzLVQN

〇スタッフさんの話に出ていた、着ぐるみに入ると自分の潜んだ内面が表面に出てくるという指摘は面白い。
現代的である。

〇十代後半から二十代にかけての趣味とのこと。
通りかかりのおばあちゃんが「最近の若者はこういう趣味が……」と呟いていたらしいが、まさに最近の若者の趣味。

〇みんな、何かになる、誰かになる願望が強いのだろう。
つまり、表面の自分では表しきれない一面、もしくは隠しておきたい一面をいかに抱えているのかを示唆してはいないだろうか。

〇この手の傾向を、ちょっと小説の中に取り込んでいきたい。

〇君だけが ただ自分になりたいと 呟いた声 不意に思い出した♪

〇結局、どこかで自分にならないといけないと思える。そこで、自分になる芯・核を持っているかが問われる。

〇では、ぐれキャラのような特殊な風貌に自分を装う人たちはどのような心境なのだろうか?
年齢的には、若干こちらの方が高そうだが。

まあ、職業にしている人たちもそれなりにいるのでなんとも言えないだろうが。

 

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(壁には、着ぐるみに使われている素材も写真のように展示してあった)

着ぐるみの中に入ることにより、普段は見せられない隠した本性が着ぐるみを通して出せるそうだ。それは、もちろん負の感情ではないだろう。キャラクターになりきることにより、本当の素、つまりはあまりに露骨に素の感情なためにフィルターを通さずに見せてしまえばドン引きされるような自分を、着ぐるみという分厚いフィルター越しにすれば見せることができるということなのだと思う。
恥ずかしいとかそういう感覚もあるのだろうが、それとはまた違う楽しい……そう、無邪気な自分を人に見せられるというのがポイントになっていると思えるのだ。

普段の自分など誰も理解してくれない、そう感じている人間こそ、この分厚いフィルターを通すことによりそのギャップが惜しみなく放出された自分を見せられるのだ。そんな行為こそにあこがれる若者が多いからこそ、若者にこの手の趣味が出回っているのだろう。

誰かになる 何かになる

そんな夢をかなえるために、若者は自らの努力を惜しむことなく、ある種のイノベーションを起こしながら今までにない活動を開発しているのだ。

しかし、だからこそ自分になることとは? という疑問が生じてしまうが。

その疑問は、ある程度の年齢を重ねた人間が持つ錆びついた思考なのかもしれない。
彼らには、着ぐるみを通し自分を表現することにより何かを掴んでほしいものだ。

 

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2015年11月 8日 (日)

横須賀とアキバカルチャーの親和性は?

先日、KKが住む横須賀市で『ヨコカル祭』というイベントが開かれた。
 
ヨコカル祭(公式より)

横須賀市の三笠公園、芸術劇場をメイン会場とした、コスプレハロウィンイベント「ヨコカル祭」。
記念艦「三笠」砲台前でのコスプレ撮影、三笠公園の痛車展示や、
芸術劇場では吹奏楽アニソン選手権、のら犬兄弟のアニメ業界時事放談公開収録など、
横須賀ならではのハロウィンをお楽しみいただけます。

去年の今頃も、三笠公園を利用して痛車の展示をやったり、アニメプロディーサーや大学で観光学を教えている教授を招いてのトークイベントをやっていた。その続編の意味合いを持つイベントなのだろう
去年に引き続き、地元住人であるKKはこのヨコカル祭へ訪れ、横須賀で開かれるサブカルに属した地域イベンの実態を身をもって味わってきた
そのレポにと、KKなりに見出した課題をここに記っす。
といえど、カワハロの記事と同じくTwitterのツイートを利用してだが。

以下、ツイート内容
()内はこの記事を書くにあたり、KKが追記した解説。太文字は、KKが重要と捉えたキーワード。

〇正直書きましょうか?
盛り上がりがイマイチ。
(三笠公園をぐるりと周り感想)

〇これね、なんでかと考えると、あれだ。
渋谷にハロウィン目的で繰り出してる若者系がいないからだよ。
ウェーイ! 系がいなくて、オタク系たがらどうしてもね。
で、横須賀市民とのマッチングもイマイチだから地味な空気になるんだよ。

〇米軍基地がすぐそこにあるわけなんだから、アメリカ人受けするノリも持ち込んだ方が早い気がすんだけど。

〇なんか、横須賀市民放置プレー状態な印象なんだよね。……。
変に内輪な空気が滲み出てるような。そんな印象。

〇と書いても、あれだよ。三笠公園しか見てないんで。ベイサイドポケットがどうなってるかは知らない。

マイルドヤンキー多い地というのも考慮する点かな。

〇ヨコカルは、イベント主催者、もしくはそれに準じたスポークスマンがいなかったな。
実態がよく見えないイベント。

〇アメリカ人と戯れることができる! と感じたのか、仮装した日本人がドブ板多かったな。
もちろん、仮装したアメリカ人も混じっていたが。独特のハロウィンを見た印象。
ある意味で、これぞ横須賀ならではの光景なのかもしれない。
(夜になってドブ板通りを通っての印象をツイートした内容。街には仮装した日本人の若者が多く、また外国人のチラホラ仮装していた)

〇六本木や渋谷でも見れそうだが、向こうは規模がデカすぎで空気感がまた違うでしょう。
こじんまりとした通りなのに、日米で一つの言語を超えた要素をもとには多人数がはしゃいでいる。この光景。

〇色々考えたけど、やはりどこかの地域で流行ったイベントや文化をそっくりそのまま持ってきて展開してもダメなんだな。それをうまい具合にその土地の地域性と融合させて似て非なる何かに変化させていかないと。
今回は、アキバカルチャーに横須賀の何かをちょっとでも混ぜ合わせればより受けたかもな

〇そもそも持つ街の力の差って当然あって、その差でできるできないことってあるよな。
その差をいかに企画で補えるか。むしろ補わなくては勝負にならない。
そんなことを、高円寺歩きながら感じていた。
(翌日11月1日に開かれた高円寺フェスを周りながらの感想ツイート。なんだかんだで、高円寺は巨大都市東京の一部であり、中央線という立地条件は大きい)

電車内で横須賀らしいカルチャーをずっと考えていたが、結論としてはワンピースのように仲間や家族を大切にしつつ、アメリカンなマッチョイズムをも兼ね備えた暖かくそれでいて心強い集団が作り出すストーリーなのかなと。
EXILEのようなオラオラ系な外見が好まれるかな。
(数日後、電車内で横須賀らしさとは何かを考えていきついた結果)

唐突によそから持ってきた「ある地域で大成功している何か」を利用して大きなイベント開こうとしてもダメで、その地域に根ざした要素を利用しつつまずは小さく展開して、その地域に受け入れられるようにしないとダメなんだな。
日常的な風景になることを目指さないと。
(東洋経済オンラインの記事を読んで)

〇横須賀も、横須賀市民に馴染みのある要素を利用しつつ、そこにサブカル的な要素を足した独自文化を生み出し、それを地道に展開させてまずは日常的な風景に持っていってから大きなイベントを仕掛けないとダメなんだろうな。
(上記と同じ)

〇横須賀のイメージを検索してみると、やはりドブ板通りが出てくる。基地のすぐ近くで、夜になると本当に日本かと思えるほどにアメリカンな空気になる。
にしては、横須賀にはアメリカンなエンターテイメントが少ない。

〇アメリカンエンターテイメントやEXILEな空気感が混ざったパフォーマンスが展開できれば……。

〇一層、アメリカ人に地元密着キャラやってもらうとか。
(最終的に話が変な方向へ飛んできた)

 

途中、東洋経済オンライン読んでのツイートが今のKKの本心かな。
他で流行っているからといって、唐突に地元へ持ってきても馴染まない要素は多いと思える。(もちろん、馴染むものもあるだろうが)
横須賀市民の特性を読み解き、その地域に合ったカルチャーをより変化させていく方が馴染んでいくかと思われる。
つまり、アキバカルチャーなんて極一部の人間しか享受していなかった、更には場所的に(横須賀中央から秋葉原までは、電車移動だけなら1時間強で着く)そういう人は実際に秋葉原に出向いていたであろう事情があるというのに、唐突にアキバカルチャーを展開されても乗っかってくる市民は少なかったのではないだろうか。

イングレスは、世界的にはやっているゲームであり、どこか特定の地域で流行っているカルチャーではないので意味合いが違う。こういう大きな物語を取り入れるのは意味がありそうだが。

そして、何よりも横須賀市民の多くはまだアキバカルチャーというよりEXILEのようなオラオラ系エンターテイメントなのであろう。マイルドヤンキー多いし、まだまだパチンコ店が街に乱立しているような街であるところからして……そういう街である。

そういう市民特性と、サブカルチャーの要素をうまい具合に混ぜ合わせていって、独特の空気感を作ることを目指した方が面白いに違いない。
オラオラ系サブカルという他の地域にはない空気が出せれば面白いはず。
DJクラブイベントが都内で多いけど、ならばダンスチームが活躍できる場を横須賀は作ってみるとか。そして、そのコラボを展開していくなど。

オタクとヤンキーは最悪の相性だと思われる人も多いだろう。
その通りだ。(と言えど、両方の人種は源流まで辿ると同じだと思えて仕方ないが)
しかし、何も今回のようにオタクカルチャーを呼び込む必要性はどこにもない。
市民性とターゲット層はどこかというのを問い直せばいいだけの話。

いきなりデカく出る必要はない。というか、デカく出ようとするのは無理がある。まずは着実に根付かせる努力を実行し、やがては全国から横須賀サブカルチャーとはこれだ! と認識されるようになればいい。

 

Maskm1

最後に、踊るマスクメイド
マスクメイドの活動は、地域とかアキバカルチャーとか関係なく一目を置いている

2013年5月 6日 (月)

春ツアー終了 ツアーファイナルはコミティア

KK、ついにビッグサイトに突撃である。

そう、OGD春ツアー「突撃!! 放課後オールスター」である。
しかも、ツアーファイナル。ラストはコミティア104だ。

では、さっそく結果から。

突撃!! 放課後オールスター(新刊) 8冊
男一匹元気が出るディスコ(既刊) 2冊
遠い異国のころがる団地(セルフ委託) 0冊

突撃!! 放課後オールスター 男 8冊 女 0冊
男一匹元気が出るディスコ 男 1冊 女 1冊

突撃!! 放課後オールスター 知人 7冊 初見 1冊
男一匹元気が出るディスコ 知人 1冊 初見 1冊

突撃!! 放課後オールスター 時間帯売上
11時 2冊
12時 1冊
14時 1冊
15時 2冊
打ち上げ 2冊

男一匹元気が出るディスコ
11時 1冊
15時 1冊

 

こんな感じです。
まあ、相変わらず女性に売れない本ですね。
表紙が表紙だからですか。
時間帯は完全にばらけていますね。
知人の多さに助けられている印象ですが。
ただ、中にはブタスブタさんが書いているからという方もいられました。

売れ行きが芳しくないようにも見えますが、文芸がそもそも不利なコミティアの上に初参戦でもあるので。

 

これにて春ツアーは終了です。
関わった皆様方、誠にありがとうございました!

 

……ん? 本当に終わり?

 

 

……速報!

 

サンクリ参戦

 

決定?!

 

犬塚ピロリロ featuring クロフネ3世

 

別冊 突撃!! 放課後オールスター「多くの文化人が愛したオールナイト文化祭」

 

出るかもよ?

 

詳細は後日。

2013年4月30日 (火)

リアル書店 双子のライオン堂 に行ってきた

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4月27日(土) 文京区の一画、三田線春日駅から東京ドームとは反対側に10分弱歩いた場所に一つの本屋が開かれた。
住宅街にこっそりと紛れ込むかのように存在するが、本屋なのである。
その名も 「双子のライオン堂
KKは正式開店日であるこの日、双子のライオン堂を訪れた。

これより先、数か月前にKKはTBSラジオ「Life」のリスナーが集まって語らう、いわゆるオフ会に参加していた。その中の一人が、この店の店主であったのだ。
同じLifeリスナーとして、同じ本に興味を持つ人間としては一度あいさつに出向かなくては。ということで、KKは土曜日の午後、翌日超文フリを控えながらも春日駅を降りた。
相も変わらず初めて降りる駅で迷ったのだが、それは割愛しておこう。

 




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店に入る前にとりあえず店構えを写真に収めていると、中から先に店主のT氏が現れた。
店主の笑顔に誘われるがままにKKは店の中へと潜り込む。
なるほど、これがライオン堂店内か。
お世辞にも広いとは言えない店内なのだが、入り口を背にして左サイドに本棚が幾つか並んでいる。
通常の本屋みたく新刊がずらりと並んでいるわけではなく、店主自らが厳選した本が並んでいる。それだけに、店主のセンスが強く問われてしまうのだが、見た感じは興味深い本ばかりだった。すこし専門的すぎる印象もあったが。
さすがにLifeリスナーでありバナー広告主でもあるライオン堂。Lifeクルーの本も取りそろえ、専用コーナーまで作り上げていた。
聞けば、午前中には海猫沢めろんさん、夕方過ぎには速水健朗さんが訪れていたようだ。
残念ながら、KKがいる間はクルーのだれも訪れはしなかったが。
ただ、その間は女子大生らしき二人組や若い夫婦が訪れるなど早くも店の賑わいを匂わせる光景が見られたりもした。店主とも軽く会話を交える光景は、和やかな空気も漂い店の雰囲気としては上々である。あとは店主の宣伝と店のかじ取りにかかっているわけだが。

 

Futago4ところで、お店では同人誌の委託も受け付けているみたいだ。
どういう基準で受け付けているかは店主に直接問い合わせてほしいのだが、同人誌を出している方は委託するのを検討してほしい。

写真をご覧いただきたい。
そうだ、KKの男一匹元気が出るディスコ season2 「突撃!! 放課後オールスター」も置いていただいた。
イベントよりも若干お値段は高くなっているが、イベントに行けなかった方はここでも手に入れることができる。
是非とも、お店に訪れた時は確認してほしい。
店主と話したのだが、この棚一画は文フリ関連で埋めたい。
文フリ関連で本を出している、特にミニコミ系は是非ともご検討いただきたい。

 

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また、お店ではレンタルスペースとしても使用できるとのこと。
つまり、横の写真に写っている場所で読書会や本のフリーマーケットなどができるのである。トークイベントなども可能だろう。
KKもちょっとした目論見がある。それはまた別の機会にだが。
この辺も是非とも検討していただきたい。

 

住所は
東京都文京区白山1-3-6
三田線「春日」徒歩7分

営業時間は
火・金:19:00 ~ 21:00
土:11:00 ~ 21:00




2013年4月21日 (日)

宣伝放送と反省修正

4月20日 つまり、昨日の話である。

実は、小雨が降る陰鬱な空気の中で目白にある学習院大学キャンパス内にいた。
目白自体降りるのは恐らく人生で2度目な気がする。だから、学習院大学があんな駅すぐのところにあるのも知らなかったくらいだ。
それにしても、あの陰鬱とした天候は今にして思えばそれから先起こる展開をすべて読んでいたのかもしれない……。

ニコニコ超会議内で行われる超文学フリマ対策の宣伝生配信である。

そう、それぞれの本を宣伝しようと生配信を行ったのだ。
で、これが色々と遺恨を残しそうなのだ。
その過程を一から書いても長くなるだけなので割愛しよう。自分の宣伝反省も含めてまずは箇条書きにポイントを絞り出しておこう。

〇KKの個人的反省
・相変わらずのポイントを絞り切れていない
・上記が故に無駄に長くなっている
 →絶対的なポイントを限定し、そこを重点的に突くべきだった
・衝動性が変に発動している
・テンパり過ぎ
・全てにおいて終始空気を作れなかった(むしろ、空気を作らなくてよかった)

〇配信全体における個人的に見えた問題点
・早めに集まっても事前打ち合わせがほぼなかった
・というか、14時には会場解放されていたのに参加者の集まりが悪すぎた
・機材チェックも直前
・なぜか直接のスタッフでないKKがカメラの位置を決めている
・明確な司会者がいない
・明確な(イベント・本に関する)解説者、もしくは一歩引いたところから見てくれる人間がいなかった
・ニコ生なのに、ニコ生に詳しい人間がいなかった(ニコ生らしさが薄かった)
・賛否両論の内輪受け内容
・肝心の代表者がよく消える

以上でしょうか。
まあ、個人的な問題はこの配信だけでない反省ではありますが。
衝動性が強い人間なので、考えなしに行動しがちなのが大きな反省点です。
もったいない根性も出しがちなので、ポイントも絞りきれないのは多々あり。
もうすこし簡潔に本の売りをまとめるべきだったなと。

肝心のイベント内容ですが、これはもう他の出演者から既に厳しい意見が出ています。
個人的に一番疑問に感じたのが段取りの悪さと無さ。
なんで2時間前に来ているのに進行・トークの確認がなく、機材チェックの遅れがあったのかと。
厳しい意見が出ているように、始まってみれば進行が曖昧でスムーズに流れていなかった印象があった。今思うと、司会者と本の紹介者とで対話があってよかったのではないだろうか? というか、そういうものかなとなんとなくやる前はイメージしていたのだが。本の紹介を一人5分ほどして、その後に司会者が質問などをする感じ。なんか、時間配分の説明もされていなかったような。KK一人で時間もないのでとか言っていたけど、正直一人何分とかの定めはなかったので。

その肝心の進行を司る司会者がよく消えていたからな。
司会者とは別にディレクター的スタッフはもう一人つけるべきだっただろう。
時間管理・進行管理は必要。
最後の最後に高村さんがコメントを読んだりなどのアシスタント的立場に収まった時に空気が締まった。あの空気を思い返すと、やはり誰かが進行補助をすべきだったのだろう。
gdgd感がニコ生らしくていいという意見もありましたが、それはそれでそういう空気感を出すための設定が事前に必要だった。
そこまで至っていない、いわば中途半端、見切り発車的に始めてしまったところに失敗点が見受けられる印象。
どっちつかずのまま、といか、出演者それぞれの抱いていた放送のイメージに差異があり過ぎたため見えない苛立ちを抱えたままになったのかなと。
見ている方向性に違いがあり、その方向性の提示が放送しながらされていったのは非常に痛すぎた。

 

正直、これはKKも過去に体験しており、それが原因でサークルがおかしくなった。いわば方向性の違いだ。(ここでは、緩い・場当たり的な・内輪受けな空気 or 真剣・計算された・市場拡張な空気)
それを体験しているが故に、現状は心配でならない。

その内輪受け問題だが。
これはちょっと現状KKの中で明確な答えを提示できるほど処理できていない。
ただ、今回において言えるのは、対誰に向けての放送だったのかを追及すればわかるのかもしれない。ニコ生好きな若者と定義するなら、答えはおのずと見えてきたはず。
KKの中では「文フリ関係者じゃない人にも」、という思いはあったが個人的策略ではそういう思いがありながらも何の手も打っていなかったのは猛省すべき点だなと感じている。衝動性が強い人間とはいえ、もう少し計算することを学習しなければ。

 

じゃあ、次回はあるの?
そもそも、次回やる意味はあるの?

やる意欲は個人的にはある。なぜなら、お祭り好きなので。まさに、衝動性が生む性格。多分、計算型の人間には理解できないかもしれない。
ただ、その意義や対どこ向けなのかという追求すべき点はもう少し考えてから答えを提示しないといけない。gdgdやって、結果「つまらない」という感想を多数貰っても仕方ないので。

とりあえずは、28日の超文学フリマである。
まずは、そこに一つの答えがあるだろうから。

2012年10月14日 (日)

抑えきれない感情 伝えるべき現実 分かり合えない人と人

ネット上で自らの活動や生活上の記録、感情や衝動などを容易に公表できるようになった昨今、誰もが表現者であり伝道者とも言えるようになった。日常の何気ない事柄から、偶然にも目撃した衝撃的な出来事まで誰もが不特定多数の人間に広げられるようになった。
だからこそ、情報の伝達は異常に速まり、その内容も濃くなっていく。

しかし、それが故に芸能人やジャーナリストなどの昔からメディアに情報を流し込んでいた人間とは別のところにいたはずの人たちまでもが突発的に大きな(ニュース性の高い)情報の伝達者になり、人から注目されるようになる場合もある。
時に話題の人物になり、時に炎上の対象者にもなる。

今回のKKがその例に入るだろう。
偶然にも事故現場に居合わせ、現場の状況をツイートしていたがゆえに一時的ながらも上記の対象と化した。
あれほど影響力がないと実感していたKKが当事者になると、実感するのは不特定多数の視線にさらされる恐怖である。
そしてまた、ネット上の特定な場所でネタ化される複雑な気持ち。

まず、事故から数十分後には現場実況していることが広められ、フォロワーが増えていった。最終的には、最大で100人くらい増えたと思われる(その後、平常運転再開して20人ほど減った)。
また、心配するリプライも多数受ける。元々のフォロワーさんからも多数送られてきたが、見知らぬ方々からも多数声をかけていただいた。
(ご心配かけました)

次に、メディアへの露出。
これが一番の反応だ。
事故から1時間経つかどうかの時点で最初の方からツイートと写真の引用オファーがあった。中には、電話取材も。
確か、テレ朝・フジ・TBS・NHKの4局(順番は適当で、オファー順ではない)からだったと思う。
帰宅後に返答していったのだが、その時点で既にフォローやリプライの反応が多く、さすがに更にメディア出演となると追いきれない反応になるのではと腰が引けてインタビューは断っていった。ただ、写真とツイート引用は名前を伏せるのを条件にOKを出した。
しかしだ、どうやら一つ二つのツイートを引用ではなく、ぼかし有ながらアイコンも出して複数のツイートを引用したようで、朝のニュース番組以降、更にリアクションが多数寄せられた。
それだけならいい。直接的なリアクションであり、幸いにも喧嘩腰な人はいなかったので。しかし、ある種余計な行為を会社の若手が働いて、某所で晒し者にされているところを見つけ出してきた。
まあ、この内容が好き放題書いているわけで。これを確認してKKは精神的に打ち込まれる。
不特定多数の見知らぬ人間が、自分のことをネタとして処理している様が見て取れたのだ。
これには衝撃を覚えた。
なるほど、情報が溢れる昨今では無名な人間までもが時としてネタの対象にされるのかと。
そして、匿名の場では誰もがネタを求め、様々な事象を「ネタ」として消化しているのかと。

これらの事象を確認できただけでも、個人的には意味のあった体験なのではないかと感じている。
本来ならば、事故の衝撃と死者が出なかった奇跡的な流れに何かしらの前向きな教えを受け止めなければいけないのかもしれない。だが、事故後の流れがそれを凌駕し、事故の感覚を霧散させた。
(単純に自分の衝動と感情で動く性格が強く影響しているせいでもあるだろうが)

事故・そして晒されネタにされる現象。
誰もが容易に新鮮で衝撃的な情報を世界に広げられ、誰もがネタとして消化される恐れがある。
これらの影響力ある出来事を経験し、情報化社会の脅威を理解したKKである。

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