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2016年5月 8日 (日)

横須賀 まち歩き 横須賀西部編 その1

Photo

 薄曇りの中降り立った先は、京浜急行最南端の駅『三崎口』である。土曜日ということもあるのか、多くの観光客らしき人間が筆者と一緒にホームに降り立っていた。大分久しぶりに訪れた駅だが、まさかこれほど多くの人間が降り立つとは知らず、その状況の変化に驚かされた。三浦に対しては京急も車内広告で宣伝するなど観光集客に力を入れていたし、最近では小網代の森が話題になるなどで観光集客に成功しているのだろう。訪れた時期が梅の開花と合わさったせいもあり、梅目当ての人間もいたようだ。まさに、自然観光の土地というわけである。
 しかし、件の通りに筆者はかなり久しぶりに訪れた地。横須賀に住む者としては都心部に住む者よりも比較的行きやすい環境にあるのだが、なかなか足が遠のいてしまう。その理由としては、やはりそこが地図的に先端の地という立地条件が大きいだろう。その先には海しかなく、自然に関心を寄せられなければなかなか訪れる気にはなれない。
 かつて、三浦半島を走り抜けていた湘南電気鉄道では、終着駅は三崎口ではなくそのまま三浦市や横須賀の長井を通り横須賀西側を経由して逗子に出ていく構想があったそうだ。もしも、その計画が順調に進んでいたとなると、交通の便からしても事情が変わり、三浦市奥地や横須賀市西側へ行く理由も現れてきたかもしれないが。重要なのは、現状で三崎口から先へは電車で進めないということだ。この条件が、筆者の三浦市に対する意識を薄めている。
 さて、話を戻そう。駅に降り立った筆者は、さっそく駅前のバスロータリーからバスに乗り込んだ。ここからはバスである。まさに、湘南電気鉄道の事業計画がうまく進まなかった影響が、巡り巡って筆者の移動手段にも影響したのである。しかも、行き先は三浦市内ではない。
そう、バスの終点地が表示した地名は『荒崎』である。
横須賀東側から出発した筆者は、同じ横須賀の西側に出るために一度三崎口にまで出てそこからバスに乗り込み再度横須賀へと戻っていったのである。もう一度書こう。湘南電気鉄道の事業計画が進んでいれば、イチイチ電車から降りずに目的地付近まで出られたのだ。
バスに揺られること約三十分。道中はマグロの街と宣伝されながらも車窓は畑。潮の気配が感じられない。
やがて、横須賀に入り住宅街を抜けていくと急にひなびた漁港の風景が広がってきた。

Yokosukanishi3_2

長井の漁港風景

〇漁港から見えてくる横須賀西側
 見も知らずの田舎のバス停に一人降り立つと不安になる。見知らぬ異国の地に取り残された気分だ。もちろん、自らの意志でこの地へ赴くことを選択したのだから取り残された感情はおかしいのだが。それでも、土曜の昼間に少し離れた場所で地元の子供が数人いるだけで静まり返ったその地は、降り立った筆者を不安にさせるには十分だ。しかも、目の前にある光景は、誰もいない漁港。
 それにしても、この辺りの住人は横須賀の西側に住むことに対しどのような意識があるのだろうか。同じ横須賀でも中心地である横須賀中央駅や汐入駅に出るまでには車がないと不便である。首都圏という立地条件にありながらもモータリゼーション社会がここにはあるのだろう。横須賀の西側地区を観察するというのは、そういう首都圏の郊外の郊外に位置する住人の生活空間を観察するという意味合いがあるのかもしれない。駅周辺から離れた地域で生活するということは?
 その一番の特徴が、筆者の目の前に広がった漁港の風景ともいえるだろう。
 この長井一帯に広がる漁港。『横須賀市勢要覧』を参照すると、地区別漁業経営対数で見ると長井が横須賀の漁港で一番なのが分かる。その次が大楠であり、1・2位が相模湾側であるのは大きな特徴と言えるだろう。つまり、この数字からも横須賀の西側という地区は相模湾から恩恵を受けた漁港の街ともいるのではないだろうか。
 余談になるが、同じ横須賀市勢要覧を参照してみると、横須賀の漁獲高で多い魚はかたくちいわしやサバ類になる。また、長井ではサザエの素潜り漁が見られるのも特徴だろう。かたくちいわしとなると、つまりは相模湾のしらすということになる。湘南しらすとなると、江ノ島近辺を思い起こす人が多いかもしれないが、この横須賀の長井でもしらすは味わえる。筆者はこの街歩きにおいて楽しむことはなかったが、読者の皆様は横須賀西地区に赴いた際は是非とも堪能してほしい。

Yokosukanishi1

バス停を降りると、そこには漁港が広がっている

Yokosukanishi2

この辺りの海はヒョウモンダコという猛毒を持つ蛸も出るので注意が必要

〇荒崎
 改めて荒崎の話に戻そう。
 荒崎のバス停で降りた筆者は、そのまま海沿いの道に沿いながら自然公園を目指した。何年か前までは横須賀の観光地となるとこの『荒崎』という地は上位に入ってきたものだが、美術館やソレイユの丘などができ、更には某ブラウザーゲームの影響もあってか三笠公園の入場者も大幅に増え汐入の軍港めぐりも好評であり、今では荒崎もすっかりと影を潜めることになってしまった。その影響かは知らないが、バス停から自然公園までの道は誰ひとりとも遭遇せず。公園内ではそこそこの観光客はいるものの、賑わっているという言葉で表現するには躊躇われるほどの光景であった。ただし、そんな辺鄙な地であっても外国人の姿が見られたのには驚きがあったのはここに記しておこう。もちろん、中国系の方々も見かけた。こんな辺鄙な地まで来るエネルギーには感心する。
 荒崎という地は、写真の通り一言で表すならば岩場。岩場と言え、それほど殺風景な印象はない。外国人観光客には負けないほどの自然エネルギーにより形成された風光明媚な景観が、広範囲に広がっている。その岩場を超えるとパロラマに展開する相模湾は開放的で心地いい。鷹揚と飛び交う海鳥の姿は、海風とともに訪れた者へ穏やかな時間を確認させてくれる。晴れ渡っていれば富士山までもが拝める場所だ。残念ながら、筆者が訪れた時は富士山の影も確認できなかった。
 更に、写真のように自然が作り上げた豪快な景観もそこには広がる。
 海面に接した洞窟や奥まった入江はまるで海賊の隠れ家だ。ここに平安時代の海賊が財宝を隠した、なんて逸話が残っていてもおかしくない光景が見られる。

 

横須賀 まち歩き 横須賀西部編 その2へ

横須賀 まち歩き 横須賀西部編 その2

写真でたどる荒崎という土地

横須賀 まち歩き 横須賀西部編 その1 から読む


自然が創造した美しい岩場が続く荒崎海岸。海沿いに長浜まで延びるハイキングコースを歩くと、三浦半島屈指の景観といわれる海岸美が存分に楽しめます。 「夕日の丘」の展望台からは富士山や天城連山などが望めます。富士山のシルエットをバックにした相模湾の夕景はまさに絶景です。
(横須賀市観光情報サイト「ここはヨコスカ」 より抜粋)

ここから先は、荒崎という土地を写真とともに紹介しよう。

 

Yokosukanishi4

筆者が自然公園内に入ると、まず真っ先に登ったのがこの『夕日の丘』である。
ここは、その名の通りで夕日が沈む時間帯に訪れると絶景が拝めるとのこと。
ただし、筆者が訪れた時間は残念ながら真昼間であり、しかもやや薄曇りの状態。

Yokosukanishi5

こんな坂を登っていくと……

Yokosukanishi6

岩場と海のコラボレーション。
パノラマ大眺望がお出迎え!
この海に夕日が沈む光景が拝めるらしい。

Yokosukanishi7

別角度でパノラマ眺望。

 Yokosukanishi8

海向かって左側を向くと、特徴的な入り江が展開している。

Yokosukanishi9 岩場下まで降りてきた。海は澄み切っている。

Yokosukanishi10
今度は潮風の丘に登る

Yokosukanishi11
途中、このような木々の間を抜けていき……

Yokosukanishi12
そして、また風光明媚な世界へ。

Yokosukanishi13
なかには海賊の隠れ家として使われていたような光景も。

Photo
この奥まった入江など、まさに海賊が出てきそう。

横須賀 まち歩き 横須賀西部編 その3 へ続く
公開は2016年5月半ば以降

2015年4月26日 (日)

北陸旅行 2015年4月17日(1日目 駅前編)

旅行前日に富山県に行くと会社の人間に告げると、「富山県って何があるかわからない」と言われた。
正直な話をここに記すと、KKも殆ど富山の知識はなかった。さすがに新潟と石川の間に位置する程度の地理感覚はあったものの、北陸一帯が日本地図においてどの辺りに位置するかと問われると曖昧であった。能登という独特な形状を成した半島があるからかろうじて地図を眺めていればここだと指させるが、何の迷いもなく目線がそこに一直線へと向かうかどうかとなると……。
などと、北陸住人に怒られそうな旅行記を書くつもりもないのだが。
こういう人間が関東には幾らかいると感じ取っていただいても大袈裟な話ではないだろう。
なかなかなじみがないのが北陸であり富山である。
ちなみに、wikiでは富山はこのように記されている。

さて、富山と言えば個人的には薬の他には『コンパクトシティ』という言葉が思い浮かぶ。
富山市が目指したコンパクトシティに関してはネットで検索をかければいくらでも出てくるのでそちらを参照していただきたい。
KKとしては、この失敗という声も聞こえる富山のコンパクトシティや地方の現状に見られる街並みとそこから醸し出される雰囲気を直に感じ取ってみた。最悪、観光として失敗しても良くも悪くも富山の街並みさえ見られればこのたびは 成功 と捉えることにした。

 

Toyamaekimae

Toyamasiyakushoue_1

Toyamasiyakushoue_2

とりあえず、写真を見ていただこう。

1枚目は駅前南口で手から撮影。2・3枚目は市庁舎の展望台から撮影。
若干分かりにくいかもしれないが、KKが予想していた以上に街並みが整備され都市らしい都市が形成されていた。駅前にはさすがに東京ほどではないがオフィスビル・商業ビル・・ビジネスホテルがずらりと並んでいる。洒落た路面電車が横切り、スタバでは夕方ごろになると男子も女子も合わせて高校生たちがスタバで午後のたそがれ時を何気なく過ごしている光景が見られた。駅前の商業ビル『マリエとやま』は田舎らしさなど微塵もない。これが人口40万地方都市の現状を示す光景なのである。

こうなると感じるのが、地方都市はどこも同じような都市景観に見えてくる問題なのだが。
いや、別にそれが悪いわけではないが、あえて悪く表現すると劣化版都市景観というべきか、面白みがないわけで。
マイルドヤンキーにとっては、まさに地元から離れる必要がなくなる。富山駅前でことが足りてしまうと言ったところなのだろうが。
堅実な富山の県民性からすると、成り上がりを目指しTOKYOを目指す必要もますます薄れてくる。
そういった変化をこの駅前の光景からは感じ取られたのだが。

岩瀬編へ続く

2012年8月 6日 (月)

稲城の高低

何気ない衝動から行動を始めるのがKKの特徴でもあるが、今回の行動も半ば「衝動」である。困った性格でもあるが、そこから面白い企画にもつながるので完全否定はできにくい。

明確な理由はないのだが、なんとなく南武線が気になっていた。おそらくは、川崎から都心へ向かうのではなく立川方面へ向かう様が天邪鬼な自分ぽくって気になったのかもしれない。
更には、団地に興味を持った割には多摩ニュータウンの団地を殆ど見たことのない現状に憂いを感じていた。
その二つの要素が合わさり、「そうだ、稲城市に行こう」という思いが湧いてきたのだ。
今回は、5日に衝動を原動力として向かった稲城探訪の簡易版をお送りしていく予定だ。
簡易版であり、完全版は後日違う形でお送りするつもりである。

さて、この夏の暑さ関係なく衝動に突き動かされるままに向かった先は、南武線の稲城長沼(標高38m)である。
もちろん、初めて降りる駅だ。そもそも、南武線なんて競馬場目的で府中本町に降り立つ以外ほとんど降り立ったことのない電車である。
その沿線がどういう土地なのかもわかっていない。
それは稲城も同じだ。
梨以外は対して知識もない。
もちろん、それは団地もだ。

Inagib1

駅から本当にすぐのところ、線路沿いに建つ団地がここ「稲城団地」(標高39,2メートル)である。
非常にシンプルな都営の団地。
建物自体も少なく、日曜の昼下がりにも限らず川崎街道側に出ない限りは閑静な団地である。
というか、人いるの? と聞きたくなるくらいに静かだった。

にしても暑い。
この日も、稲城では33度に達したみたいだ。
こんな中、団地目的でぶらついている人間など日本にどれほどいるのだろうか。

Inagib2

さて、稲城団地を抜け南多摩駅(標高43,9m)に向けて歩いていると、すぐにまたも新たな団地と遭遇できた。
都営大丸アパート(標高40m)だ。
ここは、高層棟がメインの団地である。
稲城団地と違い少し新しくきれいな印象を受けたが、実際は築何年なのだろうか。調べておかねば。
写真でもわかる通りに、建物の向こう側には稲城の高台が見える。
そう、目指すはあの高台だ。

灼熱の中、南多摩駅を経由してそこから坂を上りだす。
この辺は、まだまだKKの体力にも余裕はあった。確かに暑いが、気力は十分。坂道には怖気づくことはない。
稲城公園(標高62,8~84m)の溢れる自然を堪能しながらも上へ上へと目指すと、ついた先にはまた団地だ。

Inagib3

そう、多摩ニュータウンの一つである向陽台団地(標高約80~約115m 範囲がやや広く、どこからどこまでがそうなのかはっきりしなかったので標高も曖昧に)だ。
完全に多摩の高台の上に建つ団地だ。
だが、ニュータウンらしい風格がある。
ニュータウン初めて見る癖にどこにそれを感じたのかといわれると辛いが、きっちりと区画整備された様、戸建てと中層、高層と建物の高さでも明確に区分けされた様などがそれらしいかと。
これがニュータウンなのかと感心した。また、ここは他の団地とは違い特定の団地内商店街がない様子だ。戸建て・中層・高層・都営と区別するわけでなく、皆が団地区画を突っ切る通りに面したスーパーや病院などを利用している様子。
なるほど、これが計画的に整備されたニュータウンなのか。
KKは感心するばかりだった。

さて、この後は団地だけでなく稲城市そのものを見たいがために引き返すわけでなく、このまま若葉台(駅は85,9m)方面へ向けて歩き出すことになる。
だが、それはまた別の話。
後日、ブログ以外の別の場で報告したいと思う。
詳細は、後日明確になり次第このブログにも報告する予定。

情報を待て!

 

おまけ
ちなみに、近隣駅の標高は下記の通り

稲城(47,4m)
京王よみうりランド(36.5m)
京王稲田堤(29.2m)
はるひ野(96,7m)
黒川(94,3m)
栗平(76,8mm)
 

2012年7月28日 (土)

神宮付近の異空間(2)

前回の続き

表参道から、いよいよ住所で言うと「霞岳」という場所まで移動してきた。すぐそこは日本青年館と国立競技場もある。
千駄ヶ谷の駅も近い。

そんな場所だというのに、不意に視線をもたげれば、そこには古びた都営の団地が。

そう、都営霞ヶ丘アパートだ。

Ksdumihsokssnnsi

Kirigaoka2_3

小規模ながらも、場所が場所なだけに存在感は十分である。
しかも、やはりコンクリートジャングルの中においては一際自然が目立つ。
団地ではよく見かける、敷地を勝手に家庭菜園にする家々も。
うちの団地は禁止されているんだけど、ここは注意が入らないのかな?

Kasumigaokakyuusui

もちろん、ここでもみんな大好き給水塔!
途中途中がくり抜かれている構造でも、どことなく風格があり団地内の象徴として君臨している。

Kasumigaoka1_2

この団地も、敷地外に目を向ければ商業用ビルが見える。

Kasumigaoka2_3

日本青年館と霞ヶ丘アパートのコラボレーション。
本当に目の前にある。

Kasumigaoka3

逆に日本青年館敷地前から団地を見る。道路挟んですぐそこの関係。

Kasumigaoka4

この団地の一つの特徴。
その名も「外苑マーケット」
入り口付近で人がたまっていたので、ちょっと中に入る度胸が失せてしまった……。

以上が都営霞ヶ丘アパートである。
神宮球場、国立競技場、日本青年館などがが集まったこの地域において、一際異彩を放つこの空間。
忘れ去られたとかではなく、何かそこだけが硬直化してしまったようなそんな場所に感じられた。

 

神宮付近の異空間

前回は、渋谷から青学方面へ坂を上り表参道を抜けたところでひょいと裏道に入ると出会える自然あふれる団地を紹介した。

都会の、しかも表参道というファッショナブルで道歩く人間も品が溢れる通りを一つ外れるだけで静まった緑とコンクリートのコラボレーション楽しめる異空間に紛れ込める。
見上げれば、遠くには確かに高層のビルが見られるというのに、視線を近場に戻せば古びたコンクリートの建物と緑が目に飛び込んでくる。行きかう人間も通りと比べれば明らかに少なく、通りの喧噪は失せている。
しかし、確かに住所は都内の一等地。違和感を覚えないわけがない。

しかし、それは何もそこだけではない。
都内を歩けば、まだまだそんな唐突に空気ががらりと変化する場所は見つけられるのだ。
今回の記事も、前回に引き続き都会に紛れた異質の空間を紹介したい
 

 

Minatoku


青山北町アパートから外苑西通りに抜けた。
通りに抜ければ、再び写真のような空気に戻る。

Sibuyaku

ちなみに、ここいら近辺はちょうど区界に当たり、少し移動するだけで渋谷区・港区・新宿区に踏み込むことができる。自分がどこの区にいるかがよく分からなくなる地域だ。
写真は、ちょうど渋谷区と港区の区界である。しかし、少し北上すればすぐに新宿区へ突入だ。

Kousaten


通りを明治公園、もしくは国立競技場方面へむけ北上していく。
すると、このような交差点に。神宮前三丁目交差点だ。
地図で調べると、写真の建物は秀和外苑レジデンスと呼ぶらしい。1967年2月に建てられたらしく、意外と古い建物だ。
ここまでは上り坂だったが、ここはらは下っていくことになる。
ここまでのポイントを標高で言うなら、渋谷駅が17,9m・青山北町アパートが35,4m・神宮前三丁目交差点が30,3m・次に向かっている団地が25.9m(団地は1段高くなっているので、その周囲の通りは22,5mと低い) となっている。
(ちなみに、千駄ヶ谷の駅が33.9m・国立競技場が28mになる。赤坂まで移動すると、なんと10.5mまで低くなる)
かなり起伏が激しい道のりだというのが、この数字でわかるのではないだろうか。
渋谷が谷になっているのが、数字からもよく分かる。
それにしても、この暑い中によく上ったり下ったりしたものだ。
(参考サイト http://saigai.gsi.go.jp/2012demwork/checkheight/index.html

Kirigaoka1

話を元に戻そう。
そう、都会の中の異空間である。

先ほどの交差点から下っていくと、上記の写真の場所にたどり着く。
いよいよ、進行方向右手に目的の場所が見えてきた!

次の記事へ

2012年7月21日 (土)

都会の異界

先日、信濃町でビヤガーデンオフがあった。
信濃町といえば慶応病院やらうにゃららやらほにゃららなどがあるところで名が知れた土地だ。国立競技場や神宮球場も近く、当日は甲子園都予選があったのか球児らしき若者も見られた。
夏である。

暑い……。

暑いからこそ、野外でビアーでしゃれ込むのが目的なのだが、この日はその前に一つ大きな目的を組み込んでみた。

 

もちろん、団地である。

 

とはいえ、信濃町は新宿区であり、神宮から少し移動してもそこは渋谷区や港区。いわゆる「都心」である。
都心に世間的なイメージで言うところの「昭和」を感じてならない団地が存在するのだろうか。渋谷に団地。新宿に団地。と言われてイメージしにくい部分もあるのではないだろうか。

しかし、それは見えていない証拠。
結論から書けば存在する。
ただ、見えていなかっただけではないだろうか。
そんなもはや異空間と化した団地を今日は見ていこう。

Miyamasuzaka


スタートは、渋谷である。話題のヒカリエを見向きもせずに宮益坂を上り青山通りを進みだすところから始まる。
とにかく、暑い……。
途中、コンビニで制汗剤スプレーを購入。
オシャレな通りに紛れ込むための必須アイテム。

Omotesandouiriguchi

暑さに耐えた先にあるのは「表参道」である。
表参道といえば、原宿からもすぐの場所であり、高級ブランドのお店も数多く出店している場所だ。
表現的には安く聞こえてしまうが、まさにオシャレな空間である。

 

そんな場所に、団地は存在する。

Aoyamakitamachiannaiban

それが、都営青山北町団地である。
こここそが、この日の目的の一つ。
都心の中に隠された団地。
 

ここは、表参道駅歩いて5分もないところ。地下鉄駅から善光寺の敷地先すぐの場所である。
表メイン通りから一つ通りを入ったところに現れる。
そう、まさに「現れる」のである。
表参道目的の人間からすれば、知らずに道に入ってしまうと「紛れ込んだ」感覚になるだろう。
なにせ、ビルが林立する空間から突然古びた中層の建物と草木に覆われた空間へと入り込むことになるのだから。その醸し出す空間の雰囲気の歴然とした差。そこに違和感を感じない人間は少ないだろう。

Kitaaoyamaa

一応、ここも「都心」である。
団地は自然が多いのは当たり前なのだが、表参道という空間においてこれだけの自然が現れるとさすがに違和感を感じてならない。

Aoyamakitamachi3


その証拠に、振り向けば確かに高層の商業用ビルが見える。
そこが都心にある証拠だ。
だが、このコラボレーションは奇異な雰囲気が見て取れる。

いや、待てよ。もしかしたら、団地こそが現実で都心という空間が絵空事なのかもしれない。
表参道の空間が霧の中の幻想で、団地に入り込むことにより現代のまさに霧に隠された現実が見えてくるのかも。

いや、そんな社会派なブログじゃないので。
じゃあ、最後にみんな大好きな給水塔写真で第1弾は締めましょう。

Kitaaoyamak


 

実は、もう一つこの近くの団地も見ている。
気が向けば、その記事も書きます。

 

おまけ写真

Aoyamakitamachi4
階段室とダストシュート。

 

Aoyamakitamachi5
団地と高層ビルと緑。
このコラボレーションが見られるのが大きな特徴じゃないか。

Aoyamakitamachi6
綺麗な団地案内板もあります。

2011年6月25日 (土)

突発的鎌倉ぶらり(後篇)

Enodensharyou

鎌倉歩く会メンバーは、鎌倉八幡宮から小町通りを抜けると、江ノ電に乗り込みいよいよ長谷へと目指したのだ。

江ノ電といえば、鎌倉から藤沢へ向けて住宅地を縫うように通り抜けながら海岸沿いに出て、そのまま乗客に最高の車窓を提供しつつ移動する乗り物だ。ただ、その車窓を楽しむ一歩手前で降りなければならない。江ノ電車窓はまた別の機会。

着いた先は長谷。
そう、あのオバマも訪れた大仏がある長谷である。
正式には、鎌倉大仏殿高徳院である。

Daibuthu

久しぶりに来たが、写真からも迫力と貫禄が伝わってくる。

Daibuthunaka_3   

大仏へは、なんと中にも入れる。
我々はもちろん体内へと潜り込んだ。いや、当然中は狭く、特に目を瞠るものなどないのだが。上の写真は、中で大仏を見上げた写真。頭の部分だ。

Kangethudou  

メンバーは、大仏の中から現世へと帰還すると、大仏裏手にある林の中、「観月堂」前へと移動した。
すっかりと疲れ果てたのだろうか、単に自然界のエネルギーが心地よかったのか、しばらくは岩の上に腰かけたそがれていたのだ。

Hasedera

大仏を後にすると、次は長谷寺。
ここは、寺が高台の上にあり、その途中途中に季節の花が多種多様に咲き乱れている。高台からの眺めは抜群で、湘南の海が一望できる。
鎌倉海沿いを攻めるなら間違いなく素通りできない場所だ。

Hasekesiki

Hasenohana

長谷寺で休憩中、メンバーがトンビに襲われるアクシデント発生。
この地域は本当にトンビが多い。
人間の隙を狙うトンビが何匹も空を舞っていた。

Gokurakuji

神社仏閣巡り、最後に訪れたのは極楽寺。
長谷寺から若干迷いつつ、歩きどおして疲れた足にとどめを刺すかのような坂道を超えた先にそこはあった。
着いた時間は既に16時をまわっていた。閉門時間を見れば16時30分。一同は慌てて拝観を済ませ慌ただしく登ってきた坂を今度は下るのである。

Kaigan

帰路は、鎌倉まで歩くことにした。
一同、そのまま海岸へと出た。
浜辺を歩きながら潮の香りを堪能。
そのまま鎌倉まで歩いて戻った。

Sobaya

鎌倉駅まで戻ると、一旦また小町通りに。
そこから最後を締めくくる場を探し、かなり歩きまわった結果、写真の蕎麦屋へ。
蕎麦をたぐりながら一杯。
よい旅でした。

最後に、食べ歩き後篇シリーズ

Soft_2

抹茶ソフトクリーム

Saida長谷寺でサイダー

Melonpan メロンパン。うまくいけば、焼きたても。

Chocokoro ネタで買ったチョコレート入りコロッケ。
味? 想像できるでしょ。

 

2011年5月22日 (日)

突発的鎌倉ぶらり(前篇)

そうだ、京都へ行こう。

そういう気分にふと陥るときは年に数回ある。
旅に対する好奇心と欲求は食欲ほどではないが定期的にたぎりだすものだ。
京都どころか、エジプトへ、モロッコへ、クロアチアへ、イースター島へ、などと好奇心だけなら世界中へと飛び立ちたがっている。
だが、なにせ京都にすら満足に行けないほど金と時間という問題は大き過ぎるのが個人的事情だ。
欲求ばかりが膨らみ満たされず膨張していく。まったく不健康極まりない。

そう、このままでは旅に対する欲求が膨らみ続け破裂して唐突に通勤列車に飛び乗っていたはずがそのまま品川駅で会社に向かわず新幹線に飛び乗ってしまう、もしくはいきなり逆方向の電車に乗り意味もなく海を求めてしまう可能性がなきにしろあらずではないか。
何としてでも欲求は消化していかなければならない。

 

ぶらりだ。

 

うってつけの行為があるではないか。
そう、ぶらりだ。

ぶらり旅行記第2弾である!

ということで、5月21日に「ぶらり」してきました。
1月の日暮里・浅草に続いて第2弾です。

Twitter経由で欲求を呟き、そのまま反応した相沢さんとぶらり恒例のサイバー桜井、今回初登場のあまやんの4人というメンバーで鎌倉をぶらってきた。

 

Yokosuka_2

始まりはいつも横須賀駅。
そう、クロフネの旅はここJR横須賀駅から始まる。

横須賀駅で横須賀線に乗り、「いざ、鎌倉!」である。
途中、車窓から見えた蔦ハウスに心奪われつつも大体20分ほど電車に揺られ……。

Kamakura_2  

鎌倉駅に着きました!

集合時間は11時です。クロフネ、10分ちょい前には着いていました。
ええ、旅にはつきものの時間通りに揃わない、ですよ。
その間、なぜか会社のOL三人組と遭遇するし。

さて、11時を少し回りどうにか4人揃うと早速移動です。
最初に目的地は鶴岡八幡宮。
鎌倉観光のメイン中のメインです。

Wakamiyaooji

深緑の回廊が形成された若宮大路を通り抜ける4人。
この時点は、若干初対面の人間もいるせいか会話が若干もどかしい。
しかし、淡々と歩いていくと、目的地にはすぐに着く。

Hachimanguu

最初の目的地、鶴岡八幡宮です。
敷地中央では、なにやら結婚式らしき儀式が。
雅楽の心清らかになりそうな調べが流れる中、我々は本殿へと続く角度ある階段を昇り、旅の安全を祈願した。
あまやん、長かったけど何を祈ったのだろう?

さて、ここからが「ぶらり」である。

Shoku1_2

4人はいよいよ小町通りへ足を向けた。
ところで、ぶらりの定義とは何であろうか?
まあ、そんなモノないだろうけど。
ただ、やはり ぶらり 歩きながらそこここで見かける町の光景に心奪われていくのがぶらり歩きの醍醐味じゃないのだろうか。
そう、ぶらり歩いてそこここに見かける多くの魅力的な店に立ち寄ってみる。

今回も多くの店に立ち寄り、「食べ歩き」してきた。 
湘南ビールとソーセージ(赤ハーブ)から始まり

Shoku2

 ぴろしき

Shoku3

自分は食べなかったけど、定番の「クレープ」。

小町通り第1段はこのような感じで食べながら町の空気を味わうご機嫌なひと時。

ぶらりを満喫してまいりました。

 

さて、4人は小町通りを通り抜けるとそのまま駅へ突き抜け、

Enodenkamakura 江ノ電へ。

しかし、この続きは後篇へ。

 

2011年2月 6日 (日)

下町ぶらり

Yanaka1_edited1 1月23日(日) 文学フリマを中心に知り合った方々と日暮里周辺をぶらりと歩いてきた。

ちい散歩やブラタモリ、あっぱれKANAGAWA大行進など町中をぶらりと歩きながら町中の店や名所などを巡る番組はこれまでにいくつも放送されてきた。知らない町を歩いてみたい、どこか遠くに行きたい、とも歌われることもあった。
これらの番組が成立し、なおかつ長く続けられるということは、それだけ何気なく歩き、何気なくそこで見つけた物や人と触れることが、何気ない行為ながらも視聴者が充分に楽しんでいることをよく示唆している。人は、ただ触れ合うこと自体に喜びを感じるのだろう。

さて、この度は文学フリマで知り合った桜井氏の呼びかけを切っ掛けに、文学フリマ仲間がぶらり旅を決行する運びとなった。
場所は、東京都荒川区の日暮里から台東区浅草。下町ど真ん中である。
神奈川県民としては、東京は近所とは表現できないまでもすぐそこの近場な存在である。だがしかし、それが故なのか浅草などの観光地へはなかなか降り立たない。それだけにすっかりと抜け落ちた地になっていたために、そんな自分にとっては非常にいい機会となった。
集合場所は「西」日暮里駅だったのだが、なぜだかそこからすぐに日暮里駅へ徒歩で移動。
更にそこからおニャン子のいない夕焼けだんだんを通り谷中銀座へと降り立った。

Menchi 商店街である。
それ以上でもそれ以下でもない。商店街なのである。
渋谷でもない、原宿でもない、秋葉原ですらない。
だが、面白い。いて楽しい空間。
その楽しさの根本こそが、「ぶらり」なのかもしれない。
イカ焼き・ねこの尻尾・コロッケ・メンチカツ・ビア―にコーヒー……歩いて行くうちに腹が膨れていき満足度も高まる。
それこそが「ぶらり」。いや、それもぶらりだが、そこだけではない。町そのものが醸し出す空気を肌で感じ取りながら、そこにある食だけでなく、人や店に置かれている商品を眺めるのも「ぶらり」なのではないだろうか。
更には、そこから歴史そのものさえも感じ取れれば完璧だろう。

Yanakaneko1_2 人だけか?
いや、猫もいる。

これはおまけだが。
ここは猫も有名らしいが、至る所に猫がいた。
彼ら彼女らも、ぶらりの対象なのかもしれない。
どうでもいいが、みんな太りすぎじゃない?

1㎞未満の距離を買い食いと商品をなんとなく眺めながら仲間内とゆる~り会話しながら歩く。ただそれだけのひと時。
だが、それが至福の一時。
どこに幸せを感じられたのだろうか。おいしい食べ物・おいしい飲み物・魅力的な商品・こじんまりとしながらも独特の空気を醸し出す商店類・それらが同じ空間に揃っただけだというのにこれまでの魅力を感じてならない。
奥知れぬ魅力があふれ出る「ぶらり」
読者諸君も、身近な観光地や人にぎわう商店で体感してはどうだろうか。

 

さて、一行は兎角毒苺団が混ざり所帯を膨らませた後に浅草へと移動する。

が、それはまた別の話。
今日のところはこの辺で。