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2017年3月12日 (日)

「#ラノベの仕事したい」 持込みオフライン交流会 第3回 3回目は大盛況!

ラノベのお仕事をしたいイラストレータや小説家、もしくはその卵たち、更には実際にその仕事に携わっている現役編集者たちが集うイベント。
3月4日、約半年ぶりに第3回がいつもの通り秋葉原のAKIBA POP DOJO で開催された。
第1・2回に続いて、筆者もラノベ作家志望でないにもかかわらず会場に潜伏し様子を探ったので、その様子をお伝えしてみよう。
(第2回目の様子はこちらから)

 

今回は、1回目と2回目の反省を十分に生かした構成になっていた。
第1回目で見られたトークショーを第1部に持ってきて、メインとなる編集者も交えた交流会を2部に持ってきたのである。こうして明確に切り離すことにより、トークショーをしっかりと聴ける、もしくは聴かなくてもいい構成に切り替えることによりずいぶんとすっきりとした印象になった。
(第1回目はトークショーと交流会が同時開催でトークショーが聴かれていない事態に、第2回ではトークショーそのものがなくなる事態に)

 

2017030402

〇1部セミナー
登壇者
難破江氏 (講談社ラノベ文庫)
鈴木氏 (ラノベニュースオンライン)
トークテーマ 『ラノベの仕事したい』

第1部は、現役ベテランラノベ編集者がラノベの仕事そのモノがどのように進行されて出来上がっているのかを語った。
夢と現実が入り混じるトークである。
難破江氏の角川に入ってからこれまでの経歴から始まったのだが、ちょっとここでは書けないような話まで飛び出して、意外にも会場からは笑いも漏れて決してシビアな空気が支配する時間はならなかったのが印象的であった。

書ける内容で主な点は以下の通り
〇印税などの金にまつわる話
 →印税率からWebやノベライズで率が違うなどの話。
・収入低い
 →売れっ子にならない限りは作家の収入だけでは生活できない
 →様々な作家が兼業している(兼業してきた)

〇新人賞の話
・新人賞の傾向。主に送られてきた作品でダメな傾向など
 →送られてくる作品の半分が『異世界転生モノ』
  →賞をとっても本になるのは執筆してから2年後になるかもしれない。
    これからの流行を読まなくては
    →作品に盛り込まれる興味が年々『食事』など身の回りの出来事に近づいてきている。
・『作家になりたい』という人は、作家になるだけで満足して終わってしまう。
 →つまり、継続していい作品を書ける人というのは、作家になることが目的でなく、面白い作品を書き続けることが目的。
・読み手を意識しているか問題
 →読者層(10代・20代の若者)を意識できた文章になっているか。
 →出だしだけでも、舞台は学校にするなど読者がすんなり物語に入っていけるように寄せる必要はある。
 →読者の読解力は落ちている問題
  →読者の想像力を超える作品はNG

〇イラストレータ
・ラノベは最初にイラストありき
 →新刊は毎月約150冊(女性もの含めれば200冊)出る。その中で売れてるシリーズ以外手にしてもらえるのは至難。
  →だからこそ、表紙でまず目を惹く必要がある。
・お金の話
 →表紙絵〇〇万円 カラー口絵〇〇万円 モノクロイラスト〇〇万円 など
 →揉めることがシバシバあるので、金額の話は最初にすべき。
 →買い取りや印税などは会社によってバラバラ。
・著作権は小説を書いた作者にある。
 →イラストは、その作品の2次創作的位置付け
 →だから、イラスト集などで使う場合は作者にお伺いを立てておくのが無難
・イラストで多少のウソもあり
 →絵的に映えるので作品中に触れられていないアイテムをキャラにつけるのもあり(オーフェンがそれ)
  →イラストレーター側から提案するのもあり

 

以上が主な内容。
細かい数字なども出ていたが、それはイベント参加者の特典ということで。
他にも声優と結婚できるかどうか問題などの話が出ていた。
(声優とは無理! アニメ化などの時に面倒になるので)
基本、小説に関してはやや初心者に向けた印象。
デビューしている人はもちろん、わりかし経験があったりある程度調べている人なら知っているだろう内容であった。
だが、その合間合間に入る実エピソードなどが興味深く、聴きごたえは十分であった。
なにより、話し方が軽快なのがよかったのだろう。

最後に、

電話には出ろ!

 

第2部 交流会

1時間の間があいて、メインである交流会が開かれた。
筆者は、ここで過去2回と同じくイラストレーターのワトウ氏と合流して若干遅れて参加した。
(ワトウ氏のイラストはここここから)

2017030401_2

会場に入れば、既に多くの参加者で賑わっていた。
その様子でこのイベントがいかに多くのイラストレーターや小説家(志望者も含む)から渇望されていたかが窺える。
その参加者たちの熱意からか、会場はかなり熱気に満ちていた。

交流会と言っても、のんびりとお互いにお茶でも飲みながらそれぞれの活動を話し合うわけではない。
前回はその雰囲気がやや漂っていたものの、今回は参加者にそんなゆるい空気は許されなかったようだ。
なぜなら、前回とは違いラノベレーベルからの刺客である編集者たちが過去最多の参加数に達したのだから。

モーニングスターブックス
マックガーデンノベルズ
一二三書房
角川スニーカー文庫
アース・スターノベル
ファミ通文庫
トライデントワークス
共幻社

これらの出版社が秋葉原の地に集合したのだ。
恐らく、このイベントの過去2回の様子も伝わっているかと思われる。
つまり、集まる人たちが素人レベルでないことは分かっているのだろう。
だからこそ、編集側の人間もその熱意に応えたのかもしれない。
実際、参加したイラストレーターの作品を見ると一定の水準以上の作品ばかり見受けられた。既にある程度の商業活動を得ている人も結構参加している。
(前回は有名レーベルでデビュー済みのラノベ作家もいた)

会場では、所狭しと長い列が幾本も形成され、皆が小説の企画書やイラストの見本を見せながら熱く編集者に説明する場面が見られた。
中でもおもしろかったのが共幻社さん。
参加者の企画書を5段階評価する内容。唯一出版社側から出された工夫でもある。
さすが全3回皆勤賞。やる気が違う。

筆者は、件の通りにラノベ志望ではなく今回は第3者的立場であったものの、流れで他の参加者の持ち込みをすぐ脇から窺うチャンスに恵まれた。
イラストを見せながら、自分がどのような作品を描いているか。どのような仕事をしてきたか。現状どのようなものかを説き、編集に意見をうかがう形になっていた。残念ながら、筆者が接した出版社の人間は編集部ではなく営業の人間だったようで、その場で直接的な意見が述べられないとのこと。他の編集者では、おそらくそこでその会社ではどのようなスタイルで仕事を進めなにを作者側に求めているかの説明がなされていたと推測する。
しかし、直接的な決断はもちろんどの編集者もできはしないだろう。
恐らくだが、どの編集者も今回得られた多くの優良な作品群や情報を会社に持ち帰り、会議にかけたと思われる。

今回の参加者は編集者も含め100名近く集まった。恐らくは、編集者が一目置いた存在もいたであろう。
近々、このイベントから仕事を得る者が現れるかもしれない。
筆者は、今回のイベントの熱気を肌で感じその可能性を大きく感じ取った。

過去2回は最後の方にはほぼ編集者とのやり取りも落ち着いて参加者同士でのそれこそ交流会らしい空気になっていたが、今回は最後の最後まで編集者への列が途切れず、空気感が違うのがそこからでもうかがい知れた。
これは、本当に誰かが仕事を得そうな気がしてならない。
どうやら、第4回も7月か9月に行われるらしい。
この勢いをイベント主催者とともに更に活かし、より熱いイベントにしつつ仕事を得る人を増やしていってくれると面白い。
今後のイベントや参加者たちの活動に注目である。

 

2017030403

おまけ 今回も会場の真ん中にはお菓子が用意されていた
が、すぐ脇で編集者と参加者が真剣な話をしていたので減りは鈍かった。

2014年11月12日 (水)

史上最大! ぜんまい仕掛けの流星フェスティバル まとめ

つ2014年 秋 男一匹元気が出るディスコ Season3

「史上最大! ぜんまい仕掛けの流星フェスティバル」

情報をまとめます。

初売り
2014年11月23日(日)
コミティア110
スペース№ し57b

2014年11月24日(祝)
第19回文学フリマ
ウ-25 Fホール(2F)

追加公演
コミケにて委託販売決定!

1日目、西ぬ07b 『はろぅ、わぁるど!』 様にて委託販売します。

更に追加公演決定!!

次回は4月19日の文学フリマ金沢にて。
スペースナンバーは「い―33」になります。


価格 800円

Hyoshis_2_1
表紙担当は 黒井みつ豆 !

ポイント

・読者がお題を出して、作家が読者からのお題を元に創作。
 →読者が挑戦状を出し、作家がその挑戦に挑む
  その結果を実際の作品を読んで確かめる
・爽やかな青春とコミカルなドタバタ劇が織りなす学園文化祭
・新しい創作方法を生み出そうとする同人誌

作品サンプルとクロフネの解説

保スカ
(pixiv)
「オモテナシ朝顔」
OGD初のマンガ。
すごく穏やかな空気が流れていて、作中出てくる部長と同じくなんだか落ち着いてくる。
作品内の流れにメリハリが効いていて、読み心地が抜群。その穏やかで爽やかな空気によいしれるといい。
化学部部長の心境の変化に読者も応援してみたくなるかも。

湯浅祥司
「まぼろしの美少女を追え」
Season2に引き続き湯浅氏のコメディーが炸裂。
美少女コンテストを荒らしたまぼろしの美少女を追いかけ、文化祭を舞台にハチャメチャラブ(?)コメディーが展開する。
旅行記や乗り物だけが湯浅さんの領域じゃないことを表すには十分な作品。
前回見せた抜群のコメディー力は今回も健在。
次々と繰り出される(いい意味での)くだらなさは読んでいて飽きない。

笑町儲弓彌
「消された魔法」
某書店店長が書いたライトノベルだ!
普段は純文学であり、本屋に並ぶ本もまた難いものが多いだけに、そんな店長が書いたラノベというだけでも必読である。
予想外にラノベの空気が醸し出され脱帽。
店長の器用さがうかがい知れる一作。
魔法や召喚獣でのバトルモノが好きな方はどうぞ。

クロフネ3世 その1 その2
「文化祭の休日」
地方と都市との融合。地方の生き残りを模索した作品。
という大袈裟なテーマは置いておいて。
クロフネ作品には珍しい、恋愛要素が盛り込まれている。主体は、文化祭と地方のイベントを巡っての若さ溢れる青春モノ。

宮海 勝乃
「侵略する帰宅部たち」
お待ちかね。宮海さん、Season1以来の登場だ!
スピード感あふれるコメディーもの。普段のイメージはミステリーやSFのため、コメディーの印象は薄いものの、なかなかの達人。
某小説大賞にこだわらなければデビューしていてもおかしくないのではと個人的に思っている。
作中の帰宅部のごとく、我々読者の心理を侵略してくるほどのパワーを持った作品。

ニセ生物
「伝説の樹の下の下で」
もはや、男一匹元気が出るディスコには欠かせなくなった存在。シリーズ全3冊すべてを制覇中。
この男のコーナーを読まなければ、この同人誌を読み終えた内には入らない。同人誌の防波堤。ディスコの大巨人。
ある意味で、一番企画の趣旨にはまったコーナーを担当。同人誌でネタ投稿コーナーがあるのなんて他にどれだけあるだろうか?
ネタ投稿コーナーなだけに、サンプルが載せられないのは残念。
最後は笑って終えるのに限る。

(敬称略)


企画に関しての記事一覧 ↓

企画を動かすに当たり、どういう意気込みだったのか

この作品にあたっての募集要項
(↑企画内容を知りたい方はこちらをお読みいただければ)

読者からアイデアを募集した企画概要
(今回は、読者から作品の序盤プロットを募集する、読者参加型企画を実施)

お題一覧

お題割振りの結果

Ogd_sam

サークルカット協力 ぴすどり

2014年11月10日 (月)

怪しい隣人

Photo

イラスト るぅ(@ruu_bot)

双子のライオン堂 店長が出す同人誌「虹虹」に寄稿しました。

上記、るぅさんのイラスト(1部分です)と「ゆるキャラ・ぐれキャラ」「怪しい隣人」をテーマに小説を書きました。

11月24日開催の文学フリマで完全版をお楽しみください。

以下、サンプルです。

---------------------

カーサ乾。
近所の住人からは『アリ塚』と呼ばれているデザイナーズマンション。もちろん、悪い意味でアリ塚と呼ばれ、デザイナーズマンションと言っても、前衛的過ぎて、もはやおしゃれ空間ではなく魔空空間だ。歪に斜めへ伸びた最上階は、地域一の高さを誇り眺めは最高だが、部屋はその傾斜通りに造られ、床面積の割にはゆったりとできない。そんな場所に住めば、まっとうな人間でもその外観と同じくねじまがった性格に変貌してしまうに違いない。階ごとに天井の高さも違い、中には長身の人間なら頭をぶつけそうなほどに天井が低い階もある。外壁の赤黒い色も特徴的で、人によってはその色から『ドラキュラ城』と呼んでいる。もしかしたら、住人の数だけ二つ名があるのかもしれない。
 そこは、都心から一時間弱も離れた郊外の駅から、更に歩いて三十分はかかる辺境のマンションだ。バブル期あたりに建てられた築二十五年のマンション。バブル期は、都心の土地価格が信じられないほどに高騰し、平民達は自分の根城を求めて郊外へ郊外へと落武者のごとく離れていった。その頃は、こんな辺境の歪なマンションでもそれなりの家賃を取り、それでも住人で埋まっていた。バブル期というのは、それほど人を狂わせていたのかもしれない。狂ったバブルがこのマンションを建てたのだろうか。しかし、そんな頃は俺もまだ小学生であり関係ない。今じゃ、その外観と立地条件から家賃も落武者のごとく急激に下落し、信じられないくらい破格な値段と変貌した。だからこそ、俺のような人間でも住んでいられるのかも。けれど、空き部屋はあるし、住人達は何をしているのか分からないような奴ばかりだ。
 もう、何年このマンションに住んでいるだろうか。いや、思い出す必要もないだろう。出るつもりもないんだから。都心とか郊外なんて概念は俺にはない。雨を凌げる屋根があり、休めるための寝床がある。更には家にいながらにして人と関わっていられるパソコンがある。それだけで充分だ。あとは、俺のためにネット通販の商品を宅配してくれるお姉さんがいる。
 何を望むんだ? 何も望みはしない。

 俺は、いつものように昼ごろに起きるとさっそくパソコンを起動させ、カーサ乾の住人が集う独自のコミュニティサイトへアクセスした。ここは、塞ぎがちで交流が不足になりやすいマンション住人のために管理人が独自に開設したオリジナルのコミュニティサイトである。住人しかアクセスできず、住人同士がそれぞれにマンションで起きた出来事から個人的な愚痴まで幅広く書き込めるようにでき、それぞれに交流できるようになっている。
 さっと昨日からの流れを追っている。どうやら、『ゆるキャラ』が一番ホットな話題のようだ。どこもかしこもゆるキャラだらけの世の中になっていると、とある住人が嘆いている。しかし、そんな人間のアイコンもまた、ウサギと犬を掛け合わせたような謎の哺乳類を描いたイラストのアイコンである。何のキャラかは知らないが、そのアイコンで嘆く限りはどこか矛盾を感じるのだが。その意見に同調する人間達も、なぜか同じように謎の動物を描いたアイコンばかりだ。そういえば、最近はイラストのアイコンが増えた印象がある。このサイトのほうが、ゆるキャラ……というか、どぎついキャラブームじゃないか。
 そういう俺は、簡略化された点と線のアイコン。人が微笑んでいるようにも見えなくない、簡素なアイコン。この平凡さが、むしろこのアイコンの並びの中で浮いている。
 いや、これはゆるキャラではない。とある会社に敬意を払う意識があるからこそだ。そう、俺のライフラインと言っていいネット通販会社。

 チャイムが鳴った。
 誰がきたかは大体見当つく。というか、こんな俺のことを訪ねる奴なんて決まりきっている。
 俺は、急いで自分よりも少し大きめのサイズのパーカーを羽織り、フードで頭を覆う。
 しかし、すぐにはドアを開けない。まずはドアスコープを覗くんだ。
 魚眼レンズの先には、レンズのせいで歪みながらもその活発そうな短い髪と、躍動感ある大きな瞳が見える。いつも通りの彼女の姿がそこにある。もう肌寒い季節に入ってきたものの、彼女はいつも長袖の腕をまくっている。スポーツ経験者なのだろうか。それとも、この仕事で鍛えられたのだろうか。引き締まった二の腕。俺の荷物を運んでくれる腕。その腕の中に、今日も俺の荷物が包まれている。
 腕だけじゃ満足いかない。その挙動もまた、じっくりと観察するのだ。もうすっかりとこっちがすぐに出ないのが分かっているのか、今では平穏な表情を見せているが、最初の頃は少し困った表情も見せて楽しませてくれた。恐らく、このマンション自体に長居したくなかったのだろう。不安そうな表情を振り撒いていた。あれはいい表情だった。興奮した。
でも、いい。彼女の平然とした表情でも俺は満足だ。分厚い鉄のドア一枚を隔てて彼女と接していられる。この瞬間がたまらない。
 じっくりと彼女を観察した後、俺はゆっくりとドアを開ける。必要最低限の隙間だけだ。三十センチ程度だろうか。これ以上は無理。彼女は、その隙間に押し込むようにしてダンボールを突っ込んでくる。俺の領域に、彼女の華奢な手が侵入する瞬間。俺の鼓動も速くなる。
「ハンコ、ください」
 ぶっきらぼうな声だが、少し甲高く心地いい響き。俺はゆっくりと玄関脇に置いてあった小箱からハンコを取り出し、彼女が差し出した紙にハンコを押し付ける。その際、わざと少し彼女の指に触れるのだ。そう、これが人のぬくもりだ。暖かい。
 彼女は、そんなやり取りを淡々とこなすとすぐさま踵を返し立ち去っていった。
 本当に刹那的なやり取りなのだが、俺はこの瞬間に快楽を見出している。そう、これが人間なんだ。俺は彼女の指の感触を思い出し、パーカーの奥にある顔をにやつかせる。

 それから、俺は暇な午後の時間を潰すためにドアスコープを覗く。そうやって、時折通る住人を観察し、その変化を眺めながら時間を潰すのだ。エレベータから一番近い部屋のため、奥にある部屋へ向かう住人は複数いて、その住民達を観察するのだ。
 そういえば、最近隣人の佐伯さんを見かけないけど。何かあったのだろうか。
 あの人も、見た目は俺と同じ歳くらいだけど。異常に痩せて、棒のように細長い。目つきがうつろで、いつもどこを見つめているのか分からなく、ふらふらとさまよう様はゾンビのようだ。他の住人と同様、正体不明だ。引っ越した情報はコミュニティサイトにはない。引っ越せばコミュニティサイトのネタとして盛り上がるはず。住人の大きな動きは、サイトのいいネタになる。俺もさせてもらう。
 しかし、平日の午後なだけに人通りも殆どない。おかしな隣人達ばかりだから、昼夜逆転の生活で夜まで出てこない、不規則な生活を送る人間が多いのだろう。
 暇だ。
 そう感じたとき、変化は訪れた。
 何か大きく丸い物体がドアスコープの狭い視界を覆った。ほんの数秒の出来事だが、確かに何か大玉のような物体が横切った。物体の上には頭部と思わしき半円状の盛り上がりが見えた。その両サイドからは、伸びきった靴下のような耳らしき何かが垂れ下がっている。
 もっと驚くべきは、その物体の上に小学校低学年くらいの少女が乗っていること。ドアスコープ越しに一瞬目が合った。
 きぐるみ?
 俺は、自分が目撃した何かに戸惑い、混乱した。
 今のは……きぐるみ? いや、なんでこんなマンションに? じゃあ、ああいう生き物というのか? まさか、それこそ馬鹿げている。じゃあ、あの少女は何だ? きぐるみキャラだから戯れてるんじゃないのか? いやいや、だからなんでこのマンションで。
 自問自答を始めるが、すぐに答えが出るはずもない。動揺が激しくなるばかりだ。
 俺は、一旦ドアスコープから目を離しドアに耳を当てて外の音を窺う。もうドアスコープの視界からあの物体は消えている。それでも、まだすぐ近くにいるはずだ。何をしている? どこに行く? 少女は大丈夫なのか?
 ズズズと何かを引きずる音が聞こえている。恐らくは、あの物体が歩くときに足を地面に擦っているのだろう。見た目からして動きは鈍そうだが。その鈍さがまた不気味である。
 しばらくして、隣の家の扉が開く音がする。どうやら、隣室に入ったみたいだ。じゃあ、あれは隣の佐伯さん?
 知りたい。あの正体が知りたい。佐伯さんかどうか確かめたい。何よりも、あの少女が大丈夫なのだろうか。

文化祭の休日 サンプル其の2(クロフネ3世 作)

 文化祭の日が近づいてくるにつれて、愛未はとある不安にまとわりつかれ、日に日にその不安に心を侵食されつつある。それは、ダンスがうまく踊れないなんてちゃちなものじゃない。ダンスなら時間をかければ何とか仕上げてみせる自信はそれなりにあった。だが、愛未一人が努力してもどうにもならないことがあった。それが、愛未を日に日に悩ませるのである。
 同じクラスメイトの岡田巧太だ。巧太こそが、愛未を悩ませる張本人である。
 それは、恋心という分かりやすい単語で表現できるものではない。
 いや、正確に言えばそれも含まれる。だが、恋心をも凌駕する問題を巧太は抱えている。
 ダンスの練習にまったく参加しないのである。
 夏休み前から練習は徐々に始まっていたのだが、その頃から一度たりとも巧太は練習に参加していない。だからこそ、愛未は悩んでいる。いや、愛未だけでない。クラスの誰もが巧太の態度には問題視していた。担任の富井も、生徒達から巧太の話題を出されるとくしゃりと表情を潰して黙り込んでしまうのである。
 もちろん、今まで何度も巧太にはダンス練習へ参加するように忠告が入れられていた。文化祭実行委員長の斉田姫香も、半ば怒鳴るように参加するように詰め寄っていた。最後には奇声を上げるほどに必死になっていたのを愛未はよく覚えている。
 だが、それでも巧太は練習に参加しようとしない。
 しかも、この状況は去年から引き続きなのだ。
 去年、つまりは愛未や巧太が一年生のときも文化祭では踊りの練習が課せられ、巧太は練習に参加せず本番でも文化祭自体を放棄した。
 理由は愛未もよく分かっていない。
 聞いたところで
「文化祭って、祝日だろ?」
 とよく分からない返答が帰ってくるだけなのだ。もう何度もそのやり取りがなされていたため、一時は愛未も半ば諦め気味で巧太のそっけない態度を見つめていた。
 幸いなのは、まだ卒業生達が巧太の存在に気が付いていないことだ。最初からずっと姿を現していないから、巧太の存在はないものになっている。クラスメイトも誰も触れようとはしない。触れれば事態が必要以上に面倒になることは目に見えているからである。
 けれども、一度でも知れ渡ってしまえばどうなるだろうか。特に、あの船水先輩に知れてしまえば。強引な船水先輩の性格からして、絶対になんとしてでも参加させようとするに違いない。でも、巧太もかなり頑固なところがあるから。その二人が全面対決となると……。
 そう考えると、愛未は落ち着かなくなってしまう。船水先輩と巧太の対決は避けないといけない。文化祭は円満に終えたい。そして、あわよくば……。
 考えれば考えるほど、愛未の気持ちは複雑に糸が絡み合うかのようにややこしく変貌して行き、本人でも抑えようのないそれに変わっていくのである。
 とにかく、もう一度巧太にアタックしてみるか。
 愛未は、自分のベッドで寝転がりながら決意を固めると、上半身だけを起こしサイドテーブルに置いていたカバンを取り上げる。そして、カバンの端っこにぶら下げていた何本かあるキャラクターストラップの内一つをそっと掴むのだ。少し塗装が剥げたおにぎり型のキャラ人形。それを握っていると、どことなくだが心の底から滾ってくる気持ちを感じられるのだ。
「うん、これならいけるいける」

 その日最後の授業が終わり掃除も一通り終えると、残りは簡単なHRのみである。
 だが、愛未はこのHRを少し緊張した面持ちで迎えていた。
 本当は、昼休みには巧太に練習へ参加するようにもう一度忠告しようと構えていたのだが、なかなかタイミングが合わずにこの時間まで引っ張ってしまったのだ。残るは、HRが終了後のタイミングのみであるが、愛未はだからこそ緊張感を高めていた。
 なぜなら、全ては巧太のあだ名が語っている。

 十五時四十分の男

 それが巧太のあだ名である。巧太自身は気が付いていないが、クラスの大勢が彼のことを影でそう呼んでいる。
 十五時四十分といえば、最後のHRが終わる時間。その時間になるや否や、巧太は逃げるようにして帰宅してしまうのである。部活も委員会も入っていない。放課後、無意味にクラスメイトと世間話をすることもない。まるで学校に残っていることが罪だといわんばかりに颯爽と教室を後にしてしまう。
 だからこそ、愛未は緊張していた。声を掛けるタイミングが遅れてしまえば、巧太に隙を見せてしまえば易々と逃がすことになってしまうのだ。そうなれば、またモヤモヤとした気持ちを抱えながら夜を迎えなければならなくなる。こんな気持ちは、さっさと巧太に放り投げてしまいたい。
 時計の針は、既に十五時三十五分を過ぎていた。もう時間はない。
 富井先生が簡単に連絡事項を済ませる。
「他に何かあるか?」
 富井先生の問い掛けに誰もが黙り込む。
 富井先生、もう一度やる気のない目線を教室一帯に投げかける。
 刹那的に静まる教室。もちろん、巧太もじっとしている。
「よし、じゃあ解散。また明日」
 富井先生が締めの言葉を放った。
 その瞬間、巧太の体が弾かれるように反応する。競馬なら抜群のスタートダッシュだ。そのまま端に立てる。逃げ馬タイプの巧太には理想的な動きを決められたのだろう。
 流れるようにして机脇に下げていたカバンを掴み、必要最低限の小物をカバンに詰め込む。この間、一分弱。いや、三十秒とかかっていない。
 改めて愛未が動きを観察すると、その速さに圧倒される。何がここまで彼に速い動きをもたらしているのだろうか。
 いや、そんな疑問をもたげている暇はない。気づけば、巧太は既に教室を出るための一歩を踏み出していた。
 慌てて愛未は立ち上がり巧太の進路に飛び出す。あまりに慌てたために半ばタックルするかのように愛未と巧太は接触してしまった。巧太は少しよろめいた程度で済んだが、愛未は勢いに負けてすぐ側にいたクラスメイトにも派手にぶつかっていた。
「ごっ、ごめんね! 大丈夫?」
 慌てて愛未は頭を下げるが、それを横目にして巧太が教室を出ていこうとするものだから、更に慌てて愛未は声を上げる。
「ちょっ! ちょっと待った!」
「ちょっと待ったコールだ!」
 バブルを知った富井先生だけが反応したが、誰も富井先生のことなど見ていない。
 みんな、愛未と巧太の二人に視線を向けていた。
「なんだよ?」
「……なんでもねーよ」
「志村けんの方か!」
 また三十代の富井だけが反応し天を仰いたが、もはや独り言の領域になっていた。ネタが古いしいつものことなので気にする者はいない。
 愛未の一言を聞くと、巧太はすぐに踵を返して教室を出て行く。
 違う違う、そうじゃない。なんで私は否定する!
 自分で自分に怒りをぶつけながら愛未は後を追う。
 急いで廊下に出ると、まだ巧太はすぐそこにいた。
「待って!」
「……だから、何だよ?」
「ちょっと、練習は?」
 愛未の言葉は自然ときつくなっていた。
「あ? 用事あるから……」
 巧太は、少しだけ眉をゆがめながら返答した。戸惑いというよりは、面倒だと言いたげにも感じられる態度である。
「巧太も神代市民でしょ? 文化祭参加しないと」
「文化祭は祝日……いや、祝祭日だよ!」
「またそれ? どういう意味?」
「意味って、そのままだよ。文化祭は祝祭日なのさ。だから、俺はちゃんと俺なりの準備をこなしているんだ。お前達はお前達で文化祭やってればいいだろ」
 そこで、巧太はまた玄関に向かって歩き始める。
「ちょっと、本当にどういう意味? そんな態度、分からないよ? あんたの熱意、滾ってるの?」
 その愛未の一言に、巧太は振り向かずに手を振り上げて応える。
「俺はいつだって熱々に滾っているよ。出来立て焼きおにぎりみたいにさ!」
 その力強い後姿に、愛未は諦めとともにどうしようもない懐かしさを覚えて、その複雑な心境にただじっと佇んでいるしかなかった。

 放課後の自主練習は、どことなく剣呑とした空気が滲んでいた。その空気は、愛未自身が一番感じてるに違いない。なぜなら、その険悪な空気を作り出した人間の一人こそが愛未だからと自覚があるからだ。愛未が巧太に練習の誘いをかけ、皆の視線が集まる場所で失敗に終わったからこその重たい空気。巧太が練習に参加しないのは誰もがもはや常識としていたが、改めて巧太の傲慢とも思える態度を目の当たりにされてしまうと、必死になって練習すればするほど巧太への不満を募らせてしまうものだ。
 愛未は、そんな空気の中でただ黙々と動きのおさらいを一つ一つ確かめているしかなかった。
「あっ! ミスった!」
 誰かが振りを間違えて机を叩きながら悔しがる。先ほどからたびたび誰かが大きなミスをしてダンスが止まってしまい、なかなかうまくいかない。
「ちくしょう! 俺、家帰ったら親の手伝いがあるんだよな……練習しないで帰れる奴はいいよな」
 ミスった一人が愚痴をこぼした。誰もが頭の隅に抱えてはいたものの、誰もが口に出すのをはばかっていた。出してしまえば、この場の空気が崩壊するのはわかっていたからだ。
 しかし、今こうして一人の口から放たれてしまった。
「なんで巧太は許されるんだよ。都会経験者は違うってか? 田舎者は踊っていろってか?」
 他の人間からも不満の声が上がった。
「まったくだよ。いい加減にしろよな。どこで遊んでやがるんだよ」
 別のところからも声が上がる。それを聞いて、直接的な批判でもないのに愛未は申し訳なさそうに教室の端に引っ込んでしまう。
「ちゃうよ。巧太は違う文化祭の準備で忙しいんだよ」
 そんな重たい空気にも関わらずに、空気を読まない素っ頓狂な声が上がった。こんなときにこんな一言を放てるのは決まっている。桃しかいない。
 桃は、それこそ素っ頓狂に笑顔で文句をこぼしている男子生徒に話し掛けていた。
「阿部ちゃん、意味わかんなーい。阿部ちゃんの言うことは通訳が必要なんだな。違う文化祭って、日本語でなんていうんですか? サボりですか? エスケープですか?」
 一人があからさまにからかうようにしてとぼけた表情を作り、桃の前で両手を広げて桃の顔の前でひらひらさせた。馬鹿にする態度なのだが、それでも動じない、というよりも意味を理解できていないのか桃は笑顔のままでいる。
「違うぞ。日本語だ。あちし、日本語しか喋れないし」
 ああ、もう!
 桃のそんな態度を見て堪らずに愛未は桃に走り寄る。
「はーい、お邪魔しました。なんか変なこと言ってますけど、気にしないでくださいよ」
「おっ、保護者か? ちゃんと面倒見ろよ。これだから最近の若い母親は……」
 お前も同じ高校生だろ。
 という突っ込みは心の中だけにする。そもそも、母親じゃないし。
 愛未は、苦笑いのまま桃の背中を強引に押しながら、そのまま教室の外に退出した。
「なんだよ、桃はまだ巧太のこと言い終わってないぞ」
「はいはい、こういう時は一回引くの。あんたもいい加減に空気を読めるようになりなさいな」
 愛未の一言に、桃はあからさまに不満そうな表情を見せたが、この空気はそこで終わる。
「よーし、先生は空気を読んで、差し入れをここで持ち込んじゃおうかな」
 富井が陽気な足取りで愛未と桃の前を通り過ぎていく。手にはコンビニで買い込んだらしき大きく膨らんだ袋が下がっている。
「よし、みんなここでブレイクタイムだ! ハブアブレイク! ギブミーアブレイクは大橋巨泉だぞ! ここ、テストに出す……わけねーだろ!」
 クラス中の視線が富井の袋に集中する。もちろん、富井の発言は後半部分が無視される。
 飢えたワニが潜む川に生肉を投げ入れたかのごとく、富井はあっという間に生徒達に囲まれてしまう。
「さすがトミー! ギャグセンスはついていけないけど、こういうところはどこまでもついていくよ!」
「きゃっ! やっ、やめて……やさしく殺して……やさしく殺して……」
 次々と伸びる生徒達の手に富井はもみくちゃにされ、あっという間に袋の中身は殆どなくなった。まさに、飢えたワニのごとく、だ。
 収穫を得た生徒達は、自分の席だったり友達の机上にと腰掛けて手に入れた獲物たちを味わい出している。
 そこに、遅れた愛未と桃がゆっくりと教室内に入ってくる。
「あのー……私達にも」
「あちしにも、なんかくれ。腹減ったぞ!」
 二人が袋の中をそっと覗いてみる。
「まだ何か残っていたかな? 一応、人数分は買ったはずだから……あっ、おにぎりあるじゃん」
 富井は、袋の底に残っていたおにぎり二つを取り出して愛未と桃の二人に手渡した。
「おお! おにぎりだ!」
 受け取った桃はすぐさま封を開けおにぎりを頬張りだす。すぐに桃のおにぎりは体内へと引き込まれていきそうだ。
 それを見てなのか、愛未は自身のおにぎりを桃の前に突き出す。
「おお! いいのか?」
「いいよ。私いらないから。食べな」
「遠慮なくいただくぞ!」
 愛未の差し出したおにぎりを、桃は嬉々とした顔で受け取りVTRで再現するかのようにほぼ同じ動きでおにぎりを頬張り始めた。
 愛未の表情はどこか寂しさを感じられた。それだけに、富井はその表情に気が付くと話し掛けずにはいられない。
「なんだ、腹減ってないのか? それとも、シーチキンが気に入らないとか」
「ああ、そういうんじゃないんです。ただ……おにぎりは暖かくないとダメなんですよ」
「なんだ、それ? 意外と贅沢なんだな」
「あっ、ごめんなさい。私、厚かましいこと言ってますよね。人から貰っておいて、こんなこと」
 愛未は、そこで自分の発言の意味に気が付き頭を下げる。
「いやいや、気にしないで。今度からはちゃんと暖めてもらうか最初からあったかい食べ物買ってくるからさ」
「あっ、いや、そういうんでもなくて……」
 急にはっきりとしなくなった愛未の態度に、富井はいぶかしげな表情を浮かべる。
「ええ? じゃあ、なによ?」
「……いや、まあ……昔観たアニメで、そういうのがあったんです」
「あちし知ってる! 焼きおにぎり五郎丸でしょ! きたきたきた、滾ってきたー!」
 おにぎりを食べ終わったのか、桃が急に会話に割って入り、何やら叫ぶと体を大きく後ろに反らすポーズをとった。
「なんだ、そりゃ? 中邑真輔の真似か?」
「ご指摘の通りに桃がやってるのは半分入ってけど、そういうんじゃないです。子供向けですから、別にボマイェとかやらないですから。滾ってきたが口癖のキャラクターです。熱血漢という性格だから、いつも頭のおにぎりが熱々で湯気が出てるんですよ。私、そのキャラが好きで……」
「ははぁん。先生、平成のアニメは詳しくないけど、そういうの、わかるな。先生も、子供の頃そういうのあったよ。ロボダッチとかさ」
「昭和っ! そういうんじゃないんですよね……」
 愛未は、渋い表情で富井の分かりましたよといわんばかりに頷いている様を睨む。
 この人は、すぐに古いデータベースを参照しようとする。意識だけを昭和に置き忘れているんだ。だから、あだながトミー(副部長)なんだよな。
 愛未は、呆れた声を心の中だけで呟く。
「こう、もっと情熱的なところが惹かれるんですよ。ぐいぐい強引にいく感じで」
「ああ、岡田巧太のことね。なるほどなるほど」
「……え? いっ、いや、なんで巧太の名前がそこで?」
 目を丸くして驚く愛未。別に特定の人間の話をしているつもりではないのに。
 また、わかったぞといやらしい目をする富井が気持ち悪く見えて余計に不可解だ。
「お前、今日は放課後になるや否や岡田に慌てて話し掛けていたじゃんかよ。岡田って、変なところもあるけど今言ったみたいに強引で力強いとこあるじゃんか。まさに、滾ってる感じがモロに出てるしさ。興味あることに猪突猛進になるタイプだよ。そこがいいんだろ?」
 イヤァオ!
 愛未は心の中で思いっきりボマイェをぶちかましてやった。
 一番スゲェーのプロレスだって教えてやろうか?
 そんな気持ちを隠しながら、愛未は引きつった笑顔を浮かべて富井に切り返す。
「いや、焼きおにぎり五郎丸と巧太関係ないですし」
「関係あるぞ。巧太も愛未と同じの持ってるぞ。焼きおにぎり五郎丸のストラップ持ってるぞ」
 思わぬところから不意打ちを喰らう。見れば、桃が嬉しそうにして桃のカバンを持ってきていた。カバンの脇には、焼きおにぎり五郎丸のストラップが下がっている。
「なんで持ってくるのよ。もう、桃は黙ってて!」
 愛未は強引に桃から自分のカバンを奪って抱きかかえる。桃は反省する態度も見せずに走って教室を抜け出した。
「よーし、分かった!」
 そこで、富井はポンと手の平を打ち、そのまま突き出した。その言動もどことなく昭和らしさが見えた。
「お前は、今度の休みに駅前商店街のエンゼルという喫茶店に行ってみろ。そうだよ、そんなに滾りたいなら行ってみろ。責任は先生が持つ」
「え? いやっ、どういうこと?」
「岡田だよ。滾ってんだよ。今だって、みんなが見ていない場所でしっかりと燃え滾っているんだ。それこそ、その五郎丸のように」
「いやいや、だから、どういう意味ですか? 全然わかんない」
 愛未は、両手を広げて困った姿勢を見せる。
「いいから、休みになったら駅前商店街のエンゼル、な?」
 そこで、富井は一人満足そうな笑顔を愛未に見せた。
 愛未は、ますます不可解な話の展開に半分泣きそうな表情を作るしかなかった。



2014年11月 9日 (日)

文化祭の休日 サンプル-1

「なにそれ、違うって! もっと、昇竜拳だって船水先輩怒鳴ってたじゃんよ」
 七尾愛未は曲に合わせて力いっぱい飛び跳ねたつもりであったが、一緒に練習していたクラスメイトの胡桃屋沙紀が呆れたかのように半笑いで愛未の背後から忠告してきた。それを聞いて、愛未は少し疲れた表情を浮かべながらうんざりと自分の椅子にドカリと腰掛ける。どうしても、飛び跳ねるごとに忠告が入って全然練習が先へ進めない。確かに、愛未の飛び跳ね方も指摘されたとおりに小さすぎるのだが、胡桃屋の忠告の仕方がどうも気に入らずになかなか強いジャンプを意識し切れないでいるのだ。
 時計を一瞥すれば、時刻は既に十七時を少し過ぎたところだ。もう一時間以上は練習していることになる。
 愛未は、もう一度鼻で大きく息を吐き出すと、胡桃屋の顔を睨んでやる。
「だから、そもそもその昇竜拳が分からないのよ。なに、昇竜拳って?」
「知らないよ。船水先輩に聞いてよ。とにかくさ、愛未のジャンプは小さくて勢いが足りないのよ。こう、なんつーかさ、花火がはじけるような気持ちで飛び跳ねてくれない? じゃないと、私達とのリズムというか、親和性? 俺達の友情とグルーヴが世界を動かしていく? よく分かんないけど、見た目きれいじゃないのよ。じゃないと、また船水先輩怒鳴るでしょ」
 胡桃屋の言葉は、半分が船水の口調を真似たそれであり、どこかその話す態度もふてぶてしく女子高生らしさがない。それがまた愛未をイラつかせる。
 愛未は、その言葉にもう一度心の中で溜息を吐き出す。胡桃屋は、少し船水の発言に臆病になりすぎだ。船水は既にもう何年も前に愛未の高校を卒業している。卒業生というだけで現役の生徒達に絶対的な関係など微塵もない。だが、何故か船水やその他数名の卒業生達は、夏休み直前から学校に顔を見せるようになり、現役の生徒達に踊りの指導をするようになっていた。それは、今年に限ったことでない。去年の同じ時期にも卒業生の何人かが学校に現れて踊りの指導をしてくるようになった。そして、文化祭が終わると同時に彼らは消えていくのだ。

「神代中央高校の文化は現役生が継続・発展させ、卒業生が補助する。それが戦前からあるこの学校の伝統なんだ。伝説の継続こそが、俺達卒業生に課せられた使命なんだぞ。お前ら、それを胸に気合入れて練習しろ!」

 このような言葉はもう何度も愛未は耳にしている。頭の中で反響しそうで、先輩達が口を開けば耳を塞ぎたくなる衝動に駆られる。
 そう、全ては十月頭に控えた文化祭のせい。
 神代中央高校伝統のイベント『神代竜宮祭』
 鯛や平目の舞い踊り、というわけではないものの、愛未の通う神代中央高校ではもう何十年と、文化祭で竜宮の舞を踊ることが決められていた。そして、その指導に当たるのが歴代の卒業生なのである。その卒業生の一人に、愛未や胡桃屋が先ほどから口に出している船水先輩がいるのである。船水先輩は、最近仕事を辞めたばかりのためか、頻繁に練習へ顔を出しては現役生達を厳しく指導している。そのノリは、明らかに体育会系であり、上下関係を中心とした仲間内でのやり取りを重んじている。その過度な態度と船水先輩が掲げる理想像は、愛未にとってはただ鬱陶しいだけであった。
 だが、胡桃屋を中心とした他の連中はあまり気にしていない様子である。むしろ、先輩に積極的に話しかけ指導を貰い、関係をより厚いものへと構築しようとしているかのようだ。その態度が、愛未には不思議でならなかった。それでも、文化祭を拒否するわけにもいかず、踊り以外は自分の理想とする文化祭がしっかりと行われようとしている。つまり、踊りさえしっかりとこなせれば何の問題もないのだ。だからこそ、愛未はもう一度しっかりと飛べるようにと席から立ち上がり苦手な箇所へと再チャレンジしようとする。
 曲が盛り上がり、段々とジャンプするタイミングが近づいてくる。
 今だ!
 愛未が腰をかがめ、膝に力をためて一気に吐き出そうとしたその刹那
「昇竜拳!」
 飛び跳ねようとした瞬間に、愛未の背後から飛びつくようにして愛未よりも高く飛び跳ねてくる者がいた。
「てい!」
 更に、もはや飛び跳ねるのではなくただ体をぶつける者までも現れる。そのために、愛未の体はよろけて近くの机に突っ伏すかのように倒れこんだ。
「ちょっと、なによ!」
 愛未は、慌てて体勢を立て直しながら文句を上げる。
 そこには、一人の背が高くがっちりとした体格の男子と、小学生が紛れ込んできたのではと見間違うかのように小柄な女子が二人はしゃいでいた。
「俺、エクスカイザーのアラヤっす!」
 そう言って、背の高いお調子者の男子はその大きな体格をコマのように回転させながら教室中をぐるぐると回りだす。エクスカイザーといえば、最近高校生の間で流行っている、いわゆるイケメン揃いのダンスユニットなのだが、その高校生の姿はただの台風を題材にした下手くそなパントマイムにしか見えなかった。それでも、何人かの男子がその姿に「いいぞ!」と囃す声を掛けている。その光景に、愛未は今日何度目かの溜息を吐き出すしかなかった。
「九重、うぜーよ!」
 胡桃屋がその男子に向かって叫んでいたが、九重と呼ばれた男は調子に乗りすぎてやめる気配を見せなかった。
「よし、あちしはパズーだ! お前ら、全員地方のゆるキャラにして、地方財政を無駄にしてやる!」
 九重と一緒に愛未の練習を邪魔したもう一人の小柄な女子が、今度は教壇に飛び乗って叫んだ。両手を腰にやり、ない胸を堂々と突き出している様は力強いが、クラスメイトは皆その姿を一瞥してどうしたものかと困った様子である。都心の一部のみで流行っている超が付くほどのマニアックなアイドルユニットの名前を出して真似ているようだが、誰も元ネタなど知らずに空気が微妙なそれに変貌しつつあるのだ。
「ああ、もう分かったから。桃、机から降りろ。こっちへ来い」
 愛未だけが冷静になり、小柄な桃を教室の端に呼び出した。
 そして、そのまま強制的に廊下へと退出する。
 二人が廊下へ姿を消すと、また九重が調子に乗ったパフォーマンスを見せて男子達が変な盛り上がりを見せだすのだ。
 その空気を肌に感じ、更には状況を明らかに察していない桃の満面の笑顔を見て、愛未はその耐え切れない気持ちを思わず体の外へと思いっきり発射するんである。
「昇竜拳!」
「おお!」
 愛未の今までの中で一番綺麗なジャンプに、桃は純粋な驚きの声を上げるのだ。

消された魔法 サンプル

 一番下の妹が泣いている。
 うるさい。
 二番目の妹に何かを訴えているようだ。
 しかし、うるさい。
 階段を駆け上がってくる音が近づく。
 三番目の・・・いや、私に近づく。ボロい家に足音が響く。
「お姉ちゃんのばかぁ」
「あたしは、ばかじゃない」
「だってだってー」
「何があったのさ」
 一番下の妹は、泣くのを堪えながら、説明する。
「それで、そのアニメを消したのがあたしだってこと?」
 泣くのを堪えながら、一番下の妹が頷く。
 あたしは、椅子から勢いをつけて立ち上がる。
「それは、申し訳ない。でも、あんたそんなの簡単に処理できるでしょ」
 一番下の妹は、まだ少し泣いている。嗚咽を堪えながら、何か良いたそうに口をパクパクする。
「そうかそうか。まだなのか。あんたさ、いま何年生なのよ」
「ロク」
「六年生だったらさ、それくらいできるでしょ」
「まだ習ってないもん」
「習うとか習わないとかさ、そんなこと言ってたら生きていけないよ、本当」
 また泣き出しそうな顔をしたので、これ以上うるさくなると、あたしの人生に影響が出そうなので、問題を対処することにした。
「で、そのテープはどれ?」
 一番下の妹は、一瞬嬉しそうな表情を見せたが、今度は馬鹿にした風に口元を緩めて首を横に振った。
「何?」
「ブルーレイ」
 そう言って、円盤状のメディアをあたしの前に突き出した。
 こいつのこういうところが、本当に嫌いだ。それでも怒りを堪えて、あたしはポケットに入れてあったスプーンを取り出す。
「レドモニトモヨガクロ!」
「これでプリティームーン見れるの?」
あたしは、胸を張って、頷く。
 そう、あたしは魔法使いなのである。
 高校三年生で、今年受験生。家族構成は、父、母、妹二人に犬と猫のハーフの生き物一匹で生活しているごく普通の魔法使いなのである。
 しかし、あたしが受ける予定の大学の試験では魔法は使えないのである。これが本当に困った。けど、その大学に行きたいのだから仕方がない。もちろん、どうにか抜け道がないか、超調べたんだけど。魔法とかネットとか使って。まあ、要約すると「魔法を封印する魔法」をかけられるらしい。しかも、超上級魔法らしい。それを覆す魔法を習得するのは……無理。普通に勉強した方が良いのだ。
 そんな訳で、くそまじめに勉強している。が、なかなか集中できない。集中し始めると邪魔が入る。
 そう、また階段を駆け上る足音が聞こえる。
「お姉ちゃんのばかぁ」
「なんでよ、さっき直してあげたじゃん」
「これ来週のだよー」
「お、それは失礼」
 そういうこともたまにある。だって、消しちゃった録画を戻す魔法なんて、いまどき使わない。そんなのネットで探してダウンロードして見ればいい。
「もう先がわかっちゃったー」
「そもそもアニメの展開なんて、同じようなものだから、だいたいわかるでしょうが!」
 ついついイライラして怒鳴ってしまった。案の定、一番下の妹は、今にも泣きださんばかりの顔をしている。んーほっといても良いけど、母上に怒られるなぁ。
 面倒くさいけど、対処しよう。
「ごめんごめん。もういちど直してあげるね」
「さきわかっちゃんだよーつまんないよー」
「大丈夫大丈夫」
「レドモニトモブンゼ!」
 目の前から、一番下の妹が消える。
 そう、最初から元に戻したのである。
 ん、最初?どこが最初?ん、やばくない?ま、いっか……。

         ☆

 夏休みが明けて久しぶりの登校日。高校生活最後の夏を終えて、みんな何か変化あったかな、なんて思ったりしたけど、進学校なので大半の生徒が受験勉強だったはずだ。
「おはよーマミ」
「おはよう、玉須川」
玉須川は、あたしの幼馴染、腐れ縁と言った感じ。クラスが違うことはあっが、かれこれ十五年以上も一緒にいる。とても優秀で、性格も良い。悪いところは、目くらいか。それも顔つきではなくて、視力の方だ。
「マミちゃん、なんか太ったみたい」
「ゾスロ……、痛い痛い」
途中まで言いかけたところで、玉須川による蹴りを喰らう。そうそう、彼女は、魔法よりも手が先に出る。魔法使いらしくない。別に、魔法が苦手なこともない、むしろ得意な方で、県内でも一位か二位。大学進学志望って話だけど、魔法省に就職の話もあるらしい。玉須川は両親が早く亡くなり、いまは養子として育ててもらっているので、進学を悩んでいるらしい。進学するなら特待生で入って負担を減らすんだとか。出来すぎた子なのだ。
そういえば、玉須川の両親が亡くなったのはいつだったかな。ふと、そんなことを考えてい

た。
「あのさ、変な魔法ばかり覚えてないでさ、ちゃんと受験勉強しないとだめだよー」
「さっきのは適当だよーさすがに殺人魔法は、ないない」
そう口にした途端、同じ通学路を歩く学生たちからの視線が集まった。
さすがに「殺人魔法」はまずい。禁止魔術である。
禁止魔術、簡単に言えば規則違反の魔法である。
ロボット三原則よろしく、魔法三原則なるものがあたしが生まれるずっとずっと前に定められた。魔法学校に入学すると同時に教えらえる。いや、正確に言えば、生まれて初めて魔法を使うことになるその日に、魔法省長官から手紙が来る。

『マホウつかいのやくそく
1、    マホウつかいは、マホウでヒトにキガイをくわえてはならない。
2、    マホウつかいは、ナカマをタイセツにしなければならない。
3、    マホウつかいは、ジブンをマモらなければならない。
以上
       魔法省長官                 』

 懐かしい。懐かしすぎる。そうだ、あれはあたしが4歳の時だ。母が嬉しそうに、何度も何度も読み聞かせてくれた。父も嬉しそうに声を出して読んでいたっけ。当時は、最年少なんじゃないかと、町で少しだけ話題になったんだった。なんかすっかり忘れてた初めて魔法を使った日のこととか思い出してきた。
「もう、一人の世界に入ってないでよ。私も一緒に変な目で見られちゃったじゃん」
 バシバシと肩を叩きながら訴え続ける玉須川を横目に、あたしは思い出に浸っていた。
 懐かしい!懐かしい!懐かしい!初めての魔法!初めての発火!初めての飛行!初めての……。
 玉須川がまだ肩を叩き続けている。しょうがないので我に返ることにする。
駅から続く長い坂道を上りきると、学校が見えてくる。
学校校舎がそこに現れる。
箒に跨って登校するものもいない。
とんがり帽子をかぶったものもいない。
黒猫を連れているものもいない。
丸メガネでマフラーのものもいない。
大きなボロボロの本をもったものもいない。
断崖絶壁にそびえたってもいない。
それがあたしの通う魔法学校である。
校門をくぐると、約一か月ぶりの学校の香りを感じた。文化の香りなんて高尚なものではなくて、土埃や野外部活をする生徒の汗と熱気。自分がこの夏を過ごしたクーラーの効いた自室やクーラーの効きすぎた塾の教室とはまったく違う。生きている!と感じる香りだ。
少しずつ校舎に近づく。あたしはテンションが上がって、玉須川にくっついた。あたしの勢いに押されて、玉須川はよろよろと倒れそうになる。腕を引っ張って、倒れないよう支える。玉須川が怒ると思ったので瞬時に言い訳を考えていたけど、いつものような返事はなかった。笑っているような、泣いているような顔であたしを見つめる。ものすごく怒っているのだろうか、と考えてみたが、それほどのことをしたとは思えない。ではなぜ?
そうこうバタバタしながら、下駄箱に近づくにつれて、玉須川の身体は固くなっていくようだった。はてはて。
あと1mで自分の下駄箱というところで、玉須川は地面に座り込んでしまった。
あたしはさっきくっついた時、倒れそうになってどこかひねったりしたのかと思った。けど、どうやら様子がおかしい。
「大丈夫?」
反応がない。
「おーいおーい」
 反応がない。
 顔を近づけてみる
 何か言ってるようだけど、聞き取れない。小さい声、というか弱った声だ。
 周りは、あたしたちを避けるように、普通に通り過ぎて、靴から上履きに履き替える。
 友達は少ないかもしれないけど、この状況で誰も声をかけないなんて、なんかおかしい。
 ただ、いま周りのみんなに憤っていてもしかたがない。玉須川の肩を撫でる。
 少し震えてる。
「どうしたの」と耳元で優しく聞く。
すると、ゆっくりと腕を上げて、下駄箱を指した。丁度、玉須川の上履きのある位置。
あたしは下駄箱に近づく。
あたしは目を疑った。
上履きがあるべき場所に、バジリスク――ニワトリと蛇のハーフ獣で、頭はニワトリで尻尾が蛇の生き物――の死骸が置いてあった。
気が付くと、周りに人はいなかった。
二人だけだった。
チャイムの音が、校舎の隅々まで、鳴り響く。
これは、宣戦布告だ。

             ☆

 魔法学校にも保健室はある。なんでも魔法で治るわけではない。いや、上級魔術師になれば、治せないことはないけど、学校というところは魔法になるべく頼らないようにする場所なのだ。そういう常識だ。
「何があったのよ。なんでも話しなよ」
カーテンの奥で、布団をかぶった玉須川にあたしは言う。
 あの後、玉須川を背負って、下駄箱から保健室まで運んだ。
 保健の先生は留守だったので、勝手に中に入って、ベッドに寝かせて、あたしは少し硬いソファーに座って、あれについて考えていた。
 ちょっと前に、ずっと静かだったカーテンの向こうから、玉須川が微かに動く音が聞こえた。なので、声をかけてみたが、反応がない。んーだいぶダメージがあったみたいだ。
まあ、そりゃそうだ。
新学期そうそう、自分の下駄箱に、バジリスクの死骸。
たちの悪いイタズラ。いや、イタズラじゃ済まない。
 そんな怒りを抑えながら、玉須川に再度声をかけてみる。
「おーいおーい」
 声をかけながら、ベッドに近づく。カーテンを勢いよく開ける。
 玉須川は、ベッドに腰掛けながら、毛布を頭からかぶって、泣いていた。
 横に腰を下ろす。
 そして、そっと身体を撫でてあげる。
 しばらくそうしていると、落ち着いてきたようだった。
 あたしは、玉須川を撫でながら、保健室の窓から見える空を見ていた。雲一つない晴れ。少し気味が悪かった。
 落ち着いてきたようなので、表情を覗こうと、視線を向けると同時に、ゆっくりと話をはじめた。
「あのね、最初は気のせいだと思ったの」
 どうやら事の起こりは、夏休みの委員会総会まで戻るらしい。
 夏休みも半分が過ぎたころ、委員会総会は開かれた。
 生徒会を頂点に、各委員会に所属する生徒が登校しないといけない。
 玉須川は、生徒会長ではなく、図書委員長だ。二年生の終わりまで生徒会に所属していて、誰もが次期生徒会長は玉須川だと思っていたが、本人の意思によって三年生に進学した時、図書委員会に入った。最初は、委員長職も嫌がっていたのだけど、丸め込まれて、委員長に。いやいや、これらは今回の件に、ほとんど関係ない。
 最初の異変は、委員会総会の朝、起きた。
 下駄箱に、上履きがなかった。
 何人かの人に聞いたけど、誰も知らないと答えた。
 そして、スリッパで午前中過ごしていると、校内放送で、呼び出された。
 飼育小屋の中にあったという。
先生は玉須川が飼育小屋に入って忘れたんじゃないかと言った。
玉須川は、バジリスクが好きだった。なので、生き物係ではないけど、頻繁に飼育小屋に通っていた。
 それからも、何度か学校に登校する機会があった。
 図書室の本を全て棚からだして、状態や欠損などを調べる日。
 上履きの中に、ぬめりのある鱗が。
生き物係の代理で、バジリスクの様子をみる日。
上履きの中に、まだ生きている幼虫の入ったハチの巣が。
 魔法省への就職の件、そろそろ決めないかという先生に呼び出された日。
 上履きの中に、器用に結ばれた藁人形が。
 それでも玉須川は、ちょっとしたイタズラだと思って、事を大事にしないように、誰にもそれらのことを言わなかったのだ。
 それでも、今日のは一線を越えている。
 玉須川が大切にしていたバジリスクを。
 話を聞き終わると同時に、あたしは下駄箱に走った。
 思った通りだった。
 玉須川の下駄箱には、もうバジリスクの死骸はなかった。
 顔を近づけて匂いを嗅いでみる。微かに血の匂いがしたが、消毒したような匂いが勝った。誰かが片づけたのだ。一瞬幻覚を見せられたのかと思ったが、そうではない。これは、本当に起こっていることだった。
 今度は、玉須川を一人にしていることに気が付いて、慌てて保健室に戻った。
 保健室の扉は、出るとき開けたままだったはずなのに、閉まっていた。誰かいる。
 扉に、静かに近づく。耳を澄まして、中の様子を感じ取ろうと努力する。
 保健室の中から声が聞こえた。
「警告したのに」
 あたしは扉を静かに、ゆっくりと開ける。
「何度も警告したんだけど、なんで気が付かないのかしら」
 少し隙間ができた。そこに耳を入れる。
「黙っていては分からないわ」
 聞いたことのある声だった。
 凛々しくて、優しくて、品のある声。
「玉須川さん。あなたがいると迷惑なのよ」
 玉須川の声は聞こえてこない。もう少し扉を開ける。人影がカーテン越しに見えた。ベッドに腰掛けた玉須川に対面して立っている人影。長身で、とても姿勢が良い。
「邪魔なのよ、分かる?」
 玉須川が、カーテン越しにも震えているのがわかった。
 どうにかしないといけない。
 相手は誰?
 声は聴いたことあるけど、分からない。
 もう少し近づこうと、扉を身体一個分開けて、静かに部屋の中に入る。
 気が付かれないギリギリまで近づこうと、静かに音を立てないように、足を出す。
「あなたさえいなければ、私が魔法省に推薦でいけるのよ」
 そう、凛々しい声の主は言い放った。
その時、さっき少しだけ開けてあった窓から、風が入り込んできた。生暖かい夏の風が、二人の人影を投影していたピンク色のカーテンを揺らす。
そして再度、風が、今度はさっきよりも強めの風が、侵入してきた。
カーテンは大きなうねりを起こしながら、さも踊っているかのように激しく揺れた。
カーテンが持ち上がった。
そのとき、人影の主の横顔が見えた。はっきりと。
生徒会会長――卍乃継百合子――だった。
容姿端麗、成績優秀、まあ、絵に描いたような生徒会長像をなぞったようなつまらない存在。そしてこれも定番だが、地主の家系で、親族に議員やら偉いやつが多いという。
しかし、魔法学校では、それほど、目立たない存在だった。
それが卍乃継百合子だ。
彼女が、ここまで個性的だったとは知らなかった。教師たちの言いなりなんだとばかり思っていた。生徒会はそういう機関だった。生徒のためではなく教師のための組織。生徒同士を見張りあわせ、教師の負担を減らすための装置。それも演技だったのか。
 まだ、卍乃継はこちらに気が付いていない。話を続けようとした。
「あなたは」ここで役者が大切なセリフを言うかのように少しためる。
「親殺しのクズ野郎なのに。ずるいわ。」

           ☆

「大丈夫、マミちゃん。ごめんね、私のせいで」
「気にすんなし」
 あたしは腕の傷を舐めながら、笑って返事をした。そして続ける。
「私のせいで」
「気にすんなって。それよりどうするかなぁ。次の手を考えておかないと。相手が相手だし」
 沈黙。
保健室から移動して屋上に来ていた。
 鳥の鳴く声が聞こえる。
「まあ、なんとかなるっしょ」
 こうなった以上、仕方がない。
「でも、文魔祭での公開試験が」
 あ、すっかり忘れていた。文魔祭。一年に一度のお祭り。各クラス、各学年、各部活、各委員会が一年の成果を発表する場所でもある。そして、生徒個人で臨む公開試験。三年間で覚えた集大成を卒業前に披露する試験。
 この試験にはもうひとつ意味がある。内申である。
 進学するにしても、就職するにしても、この公開試験の内容が大きく影響する。
 あたしの場合もこの試験は大切なのだ。あたしが行きたい大学には、あたしの実力だと少し難しい。夏休み返上で、勉強はしたけど、やっぱり模試とかの結果をみてもこのまま勉強していって、スムーズに合格かと言えば、五分五分だろう。そうなると、その内申点が重要になってくる。少しでも下駄をはければ、それに越したことはない。
 けど……。
「マミちゃん、魔法、使える?」
 様子を伺うように、怖がるように、玉須川が聞いてきた。
「使えないみたい」
 あたしは、魔力を失った。
 魔法三原則を破ったから。

2013年1月 5日 (土)

2013年 年賀小説

だいぶ遅れましたが、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

ということで、年賀小説なるものを書いてみました。
イラスト描ける人はよく年賀イラストなるものを見かけますが、小説書く人はあまり見かけなかったので。

設定は、突撃!! 放課後オールスター用の「パラダイス委員会 都会へ行く」と同じです。
つまり、ある種のサンプルも兼ねています。
そういう視点でも読んでいただけたら幸いです。

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新年早々に知人友人に出会った場合は、大抵の場合は「あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」などの挨拶から始めるものだろう。やや定型じみて、至る所から響いてくると一種の呪文にも似たような錯覚を覚えなくもないが、それが日本の正月というものだ。

 

 だが、どうであろう。同じ日本人であるはずの春本美樹の新年第一声は違った。

 

「新年一発目の顔がお前のひきつった笑顔というのも、パラダイス委員会の委員長としては何とも言えないな」

 

 その言葉に、より僕の顔は複雑に歪んだ笑顔になっていたに違いない。笑顔を浮かべているものの、僕の本心は面白くもなんともなくただ苦いだけである。

 

 一月一日、つまり日が明けて年が一新されたのだ。日付が変わっただけと、僕の体を今もなお冷蔵庫以上の効率さで冷やす冬の海風並みに冷たい態度をとりたい気持ちもある。だが、僕の敵を作りたくない曖昧な態度が顔面を正直にさせてはくれない。それに、元日というのは実にキリがいい。僕みたいな性格だって、色々とリフレッシュさせたいことはたくさん抱えているのだ。

 

 それなのに、委員長と会うなりこの一言だ。笑顔を浮かべたまま深いため息を吐き出してしまいたい。

 

「おめでとうございます!」

 

 僕は、それでもあえてマジョリティーの方式に乗ることによりささやかに委員長へ抗議の意思を見せたのだが、委員長は挨拶を返すどころか目を合わせもせずに周囲をうかがっている。

 

 僕と委員長は、僕たちが通う見鯨市立光楽園高等学校のすぐ近くにある海岸沿いの沿道にいる。すぐそこはもう砂浜だ。

 

 夜明け前の吹きすさぶ冬風は遮るものもなく、僕たちの体に襲い掛かっている。立っているだけで体温はみるみると奪われる。寒い。
 
 好き好んでこんな時間にこんな場所にいるわけじゃない。こんなところにいたとして、幸せを垣間見れるはずなんてないのに。

 

 そうだよ、委員長のご指示だ。委員長が元旦から初日の出を拝んでこそ、その年一年が安泰するはずであり、パラダイスポイントが大幅にかさむものなんだと冬休み入る直前に委員会の予定として突っ込んできたのである。

 

 けど、今の僕はどうだ。氷点下にまで下がっているのではないかと思えるほど凍てつく冬の海岸で震えながら夜明けを待っている。どこにパラダイスが待っているというのだろうか? 夜明けまでまだ十分近くある。このまま凍りつくのが先か、日が出るのが先か。日が出たって、年が変わって朝日が青くなるわけじゃあるまいし。朝日は常に赤く眩しいものだ。

 

 僕の苦々しい笑顔が凍てつく寒さに凍りついたころ、遠くから叫び声が聞こえてくる。

 

「無理無理無理無理無理無理ですー!」

 

 どこぞの人間をやめた、石仮面をかぶり吸血鬼になった男のセリフだろうかと思ったが、それはもっと挑発的なセリフだというのに声の発信元を見るなり気が付いた。何よりも、あいつの口から挑発的な言葉が出てくるなんて思えない。現に、遅れてきた言い訳を聞かれる前に連呼しているじゃないか。目元は、寒さのせいだけとは思えない涙が既に浮かんでいる。まったく、正月から涙なんて本当に勘弁してほしい。

 

6時半集合なんて無理ですよ! 眠いし、さむ―いし!」

 

 現れた男は半泣きで委員長に訴え始めた。こんな弱弱しいセリフを吐いてはいるが、ドジっ娘なクラス中の男子に人気の女の子、ではない。中世的な顔はしているが、戸籍上は内海柊太という名の男である。いや、本人も男だという自覚はある。ただ、言動だけが男を拒否しているみたいだ。

 

「ええい! 新年明けて早々情けない声を出すな! パラダイス委員会の示しがつかないではないか」

 

 委員長は、柊太の声に苛立ちを隠せないでいる様子だ。カバンからアルフォートを取出し口に頬張り出している。委員長がイラつきだすと、すぐに甘いものを食べだすのだ。アルフォートが立て続けに三つほど消えたのが見えた、イラつきが若干強めな証拠だ。僕は、その態度に焦りだして変な笑みを浮かべてしまう。

 

「ええい! 二人とも、気持ち悪い顔をするな。ほら、もうすぐ日が昇ろうとしているんだぞ。我々パラダイス委員会は、初日の出に向かって決意を宣言するために来たのだぞ。わかってんのか?」

 

 海の向こうを見れば、水平線沿いから赤い仄かな光が見えだしている。徐々に日の出の時間が近づいている証拠だ。

 

 だからって、僕は気合が入るわけでもない。決意なんて言われても、そんな意識の高い闘志を抱えているわけじゃないんだ。それは、柊太だって同じだ。日の出を直前にして身が引き締まるどころか、あまりの寒さにただでさえ大きな目をより見開いてがくがくと震えている。華奢な体が余計にみじめに見え、委員長じゃなくても不安になる。

 

 寒さに動じていないのは委員長だけだ。白いロングコートに身を包んでいるものの、委員長だって太っているわけじゃなく脂肪という防寒具があるわけじゃない。むしろ細身が故に寒さが肌から直接に体の内側を刺しているように見える。なのに、寒さを気にしているそぶりを見せない泰然とした態度はどこからくるのだろうか。やはり、日の出に本気でパラダイスの成就があると信じきっているのだろうか。信じる力こそが、寒さを感じさせない極限まで導いてくれるのだろうか。

 

「ん? どうした香純。そんなに真面目な顔で見つめて、私が幸せそうに見えたか?」

 

 委員長が僕の視線に気が付いた。あわてて笑みを浮かべる。

 

「いやー、寒くないのかなって」

 

「ああ、そうだな。寒くないはずがない。だが、ここで露骨に寒がっていてはパラダイス委員の委員長として格が疑われるだろう。いいか、委員長という存在は常に堂々として生徒一人一人のパラダイスを見つめていないといけないんだ。私自身が寒がっているわけにはいかないだろう」

 

「そういうもんなんですか?」

 

「そういうものだ! だから、お前たちも顔ぐらいはパラダイス委員会らしいそれにしろ。少し情けないぞ」

 

「顔、ですか。こうかな?」

 

 そう言って、柊太は何かを捉え間違っているのか、妙に目じりに力を入れ何か苦いものでも飲んでしまったかのような表情を作った。先にそれを見せられてしまったので、僕は逆に表情を作れないでいる。いや、無理して作る必要なんてないのだろうけど。

 

「ええい! お前の顔は無理して作らなくていい。ナチュラルな状態であれば、むしろ周囲の浮ついた女子がパラダイスになるんだ。なぜ気が付かない」

 

 委員長が、やや呆れた様子で吐き捨てた。

 

 確かに指摘する通りだ。自覚がないのか、柊太はいつも無理矢理に変な表情を作ることが多い。自然にしている方がどう見ても委員長が言うところの浮ついた女子に持てると思うのだが。下手すれば、勘違いした男子にももてるかもしれない。そんな柔らかい表情があるというのに、台無しである。

 

「すみません……」

 

 柊太が悄然と肩を落とす。泣きそうな顔に、僕の顔がますます苦い笑顔になる。それを見て、委員長も肩をすくめるばかりだ。

 

「しょうがない奴らだ。見ろ、日が昇ってきたぞ! 胸を張れ! パラダイスの夜明けだ!」

 

 言葉の意味はよく分からない。だが、まるで委員長の言葉に呼応して召喚されたかのように水平線の向こうから神々しいまでの朝日が大地に息吹を与えながら眩い光を放ち始めたのだ。僕たちの他に初日の出を見に来た人たちから一斉に歓声が上がり、なぜだか拍手までもが沸き起こる。日が昇っただけだというのに、何か達成したかのような空気が辺りを覆った。まさに、何か新しい命が今この瞬間に生まれたかのようだ。それを皆が祝福している。

 

 実際は何も生まれてはいない。冷淡に言ってしまえば日が昇っただけであり凍えるばかりの寒い夜がようやく終わりを告げてくれるだけなのだ。温かみを与えてくれるという意味ではありがたい存在にも見えるが、拍手をもって迎えるほどの存在なのだろうか。

 

 僕は黙って日が昇る光景を眺めていると、横からむせび泣く声が聞こえてくる。

 

「……感動です!」

 

 柊太だ。だから、なぜ泣くんだ? 日が昇っているだけだろうに。こいつは、まさか毎朝日が昇るたびに泣いているのだろうか。想像するだけで寒気が増して震えが止まらなくなる。男らしくなどとは求めない。せめて、泣くのだけはやめてほしい。いや、本当に。

 

「イチイチ泣くな。違う違う、そうじゃない。パラダイス委員推奨は、初日の出に向かって決意を叫ぶのだ! いいか、私のマネをしてみるんだ」

 

 一瞬、委員長がサングラスをかけているように見えたが気のせいのようだ。

 

 いや、それはどうでもいい。問題は、委員長の次なる行動だ。委員長は、波打ち際まで前に出ると、一瞬僕たち二人に振り返り自信満々な笑みを見せた次の瞬間に

 

「我々パラダイス委員会メンバー一同は、光楽園高校の全生徒、及び教職員のパラダイス発展に全力を尽くすことをここに誓うぞ! 太陽よ、今年一年、我々を空から祝福するがいい!」

 

 委員長は、周囲の視線に臆することなく全力で日の出めがけて叫んだ。

 

 もちろん、周囲から一斉に視線が集まる。僕はあまりに不意の出来事に笑顔も作れず目を丸くして固まっていた。柊太といえば、周囲の視線に怯えて涙目である。委員長だけが、やり遂げたような爽快な表情を浮かべて朝日を眺めている。真っ赤な陽光を浴びて委員長の全身は輝いているようにも見えるが、僕にとっては意味が分からずカッコいいなどという表現はできない。

 

 だが、どうであろうか。周囲の反応は僕たちと反比例して委員長に向けて称賛の拍手が沸き起こった。

 

「おお、光楽園高校の生徒さんか。今年の生徒は威勢がいいな。こりゃ、あの学校も幸福に満ち溢れてるに違いない」

 

「いいぞ! 姉ちゃん!」

 

 賛同とはやし立てる声が周囲から沸き起こっている。むしろ、委員長の行為がもてはやされている。これはどういう反応なのだろうか。僕はまたも予期せぬ展開に戸惑いを隠せないでいた。

 

「ほら、お前たちも叫べ。全力で今年の抱負を太陽にぶつけてみろ」

 

「はっ?」

 

「え……いや……」

 

 僕と柊太は同時に戸惑いの声を漏らした。

 

「ほら、叫べ!」

 

 委員長は、僕と柊太の元まで戻ると順番に肩をはたいていった。

 

痛みなんか関係ない。気になるのは、周囲の目線だ。なんだ、この期待されている空気は。どうしてこうなる?

 

「ほら、どうした? パラダイス委員会メンバーなら新年早々から生徒たちのパラダイスを願ってやまないはずだろうに。そうならば、あの輝かしい太陽に向かって今にも叫びたくなるだろう?」

 

 どうしてそうなる?

 

 もちろん、声に出して突っ込むことはできない。そもそも、僕がパラダイスの何かが分からないことくらい委員長も知っているくせに。無理矢理にシチュエーションを作るなんてサディズム全開フルスロットルだ。

 

「ああ……ええとですね……」

 

 僕は、相変わらずへらへらとした笑顔を浮かべて波打ち際まで歩み出た。もちろん、押し出されるような格好だ。踵を返して走り出すか? いや、それこそ柊太の言葉を借りれば無理無理無理無理無理無理である。

 

 ウリィィィィィィ! どうにでもなれだ!

 

「ええっと、僕はこの一年で……」

 

「恋がしたーい!!」

 

 あれ? 僕の乾坤一擲で出した声が誰かの叫び声でかき消された。どういうことだ。

 

 横を見れば、僕の隣で柊太が顔をくしゃくしゃにしているではないか。

 

 次の瞬間には、周囲から拍手の嵐。

 

 やられた。柊太に全部持ってかれた。柊太は、半泣き半笑いという奇妙な表情を浮かべながら照れくさそうに委員長の背後に隠れるように身を引いていった。

 

 そう、残されたのは僕である。緊張のあまり、笑顔が引きつる僕である。人間をやめる勢いで臨んだあの威勢なんてもうない。所詮、僕は人間だ。いいないいな人間っていいな。だから帰ろう、おうちに帰ろう。

 

 帰れないんだよ!

 

「どうした? 早くお前も叫べ」

 

 委員長がせかしてきた。もう、どこにパラダイスがあるというのだ。

 

「……ええと、今年一年、みんな健康で過ごせますように」

 

 中途半端な声量で僕は言い放った。やった、結果なんてどうでもいいんだ。参加したことに意義がある。周囲から比例するかのような中途半端な拍手が聞こえてくる気がしたが、聞かない聞こえない。

 

「ふん、しょうがない奴だな。まあいい。これがパラダイス委員会だ。分かったか?」

 

 委員長が、もう一度僕の肩を強くはたいた。

 

 わかりました。今この場に僕のパラダイスがないのは。

 

 僕は、ただひたすら周囲にひきつった笑顔を振り撒くしかなかった。

 

 ああ、朝日が眩しい。

 

                                          了