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2016年2月

2016年2月29日 (月)

第2回マスクフェスティバルとステキな人たち

前回の記事では、なぜ筆者がマスクフェスティバに出向いてマスクを求めたかの説明をした。
その説明だけである程度の分量の文章を書いたので、分けてこの記事では写真中心に会場の様子と気になったブースを紹介する。

Maskf_2

まずは坂爪康太郎さん (@tumetter) のブース。
筆者が一番最初に訪れて、一番長居したブースかも。
そして、何よりも記念すべき筆者初の仮面購入デビューがここ!
写真左側に置いてある謎の幾何学模様。これを丁寧に開いていくと、トルソーにかぶせてあるようなマスクに早変わり。
このマスク、見ての通りで折りたためるので平面にでき持ち運びに便利。しかも、広げれば立体的になるので、筆者のようにメガネをかけていてもかぶれるのだ。ポイントが高い。
製作者の坂爪さん、非常に落ち着いた人で丁寧な説明が好印象だった。

 

Maskf_3 

段ボール人間集団MM5さん (@MM5_cardboard)
様々な場所で回収してきた段ボールを写真のように仮面へと変化させていた。
発注した段ボールでなく、回収してきた段ボールを使用しているのが一つの特徴。
あえて安っぽさを出しているのだろう。
主宰の人と話をしたら、芸大生だとか。また、段ボールを売るだけでなく、その段ボールを使ったパフォーマンスも会場内で展開していた。
仮面を作る側面よりも、そのパフォーマンスのほうに注目すべきか。

Maskf_4 

このお手伝いさんが着込んでいる段ボールに、「名前」か「いぬのえ」を会場内にいる人に書いてもらうパフォーマンス。
筆者も、背面に名前を書き込んでおいた。

Maskf_5  

こちらは、光るマスク Make bright さん

Maskf_5_2  

写真では分かりにくいけど、このマスクは光るのです。
暗闇で被れば効果抜群だ!
説明を聞くと、光るチューブのような何かを一筆書きのようにマスク上に走らせてイラストを描いているとか。なので、一筆書きで描けるイラストなら特別発注も受け付けているとか。
まさに、地下(室)舞踏会などひらいたときには人気抜群になりそう。

Maskf_6 

個人的には同じみな異形商店さん
アーティズムマーケットなどでも見かけますね。というか、写真左の虚無僧さん、ハロウィンやデザフェスでも見かけた気がする。
この二人の格好がもう、グッときますよね。
おそらく、そういう人をターゲットにしているのでしょう。
写真のような仮面だけでなく、文庫本にかぶせればあっという間に魔導書や秘伝の書に早変わりするブックカバーなども扱っていて、芸が細かい。
そして、筆者はここでも仮面を購入!

 

Maskf_7  

お面のかしま屋さん
今やよく見かけるようになったきつね面。そのきつねをこのように少しどぎついようであでやかに、立体的にデザインしてます。
このデザインが、他のきつね面とは違い迫力が出ていますね。
店主二人に話しかけてビックリ、作者は女性の方でした。

Maskf_7_2  

写真右の小柄な方が作者。
左の方(男性です)は広報担当だとか。
左の方と少し話しましたが、非常に創作意欲湧くお話が出てて非常に充実しました。
ありがとうございました。
で、この方とも話したのですが、なぜきつね面が流行っているのか。推測の域は出られないのですが、アニメ漫画などのコンテンツでも頻繁に使用されるアイテムであり馴染みが出ている。更には、若い女性にはファッション感覚で身に着けられる。そういう特性から購入される方が増えているのではないかと。
また、装着すれば別のペルソナを引き出して……などの話にも。
創作者だけでなく、利用者側の意見ももっと聞けたらな。

でも、この身長さあるきつね面カップルというのもまた、シチュエーションとしてはバッチリですよね。創作の中に出したくなる。

Maskf_8

 

Maskf_8_2  

仮面屋狐火食堂 あるいは 秘密結社兎の角 さん
本革でできたきつね面です。高級感溢れてます。それだけに、有り触れたきつね面とは風格が違う。
しかも、どれも一点もの。
やはり、いい値段なのですが、なんとここではクレジットカードが使えました。
こういう作品だけでない細かいサービスを仕込んでくるのは脱帽ですね。

Maskf_10 
Maskf_10_2  

kemuri works さん (@kemuriworks)
スチームパンク系の空気を醸し出すブース。
ゴーグルが本当に魅力的で、しかもそれほどお高いわけではない。
筆者の資金がもう少し豊富なら購入していた。というか、欲しい。次のイベントで買う。
他にも、昆虫系のアクセサリーなども扱っている。
ブース全体の空気が非常にセンス良かった。

以上、気になったブースの写真でした。
最後に一枚。

Maskf_9  

今回、出展者以外の方で本当に多くのマスクをかぶっていた人を会場内で見かけられた。
アーティズムマーケットといい、こういう会場に来るたび感じるのだが、素顔でいる人間の方がなんだか異邦人なのではと錯覚する。人間ではない何かが正常であり、人間である存在の方が異質であり、異端者なのではないか。
そして、そんな人間でない存在が集まり、その存在をたたえ合っている場がこういう空間なのではなかろうか、そういう気分で支配されてしまうのだ。
実際、ご自慢のマスクをお披露目する場としても機能しているのだろう。まさに社交の場。
(それが故のマナー問題もちらほら浮上していたようですけど……)
別のペルソナを引き下げて、日常とは違う自分を曝け出し、他者も社会も誰もが提示してくれない何者かになろうとしているに違いない。
マスクをかぶることによって奥底に眠っていたペルソナを引きずりだし、誰も想像していなかった何者かになったとき、その者はきっと誇れる存在になっているに違いない。
だからこそ、みんな別の顔を求めているのだろう。

筆者も、購入した2点のアイテムを使って眠っていた何者かになり、新たな形で社会へと再アプローチをかけてみようとするか。

2016年2月28日 (日)

仮面をかぶることにより、見えてくる世界もある

「何者かになる」 というのは、以前このブログでも川崎ハロウィンの時に軽く触れた。
(こちらから)
しかし、その時は大衆的でありネタ要素という側面も強く見られた。
つまり、若者を中心として皆で共通のネタを消費して手軽に騒ぐことが流行っている、という部分に触れた。

しかし、この世にはそんな刹那的で狭い範囲で終わる消費で快楽を晴らすだけの人間だけではない。本質的に自身の内面を 「何かになる」 ことによって引きずり出してその仮初の姿を通して外部へと放出することに本気になる人もいるのである。

それは、コスプレという言葉でも表現してもいいのだが、そんな一言だけで語っていては捉えきれない。人の内面というのは、それほど複雑で幻影を見ているかのようだ。

 

先日、くしくも同じ川崎で開かれた『第2回マスクフェスティバル』に出向いてきた。
一般ながらも、1回目に続いての参戦である。
このイベントは、筆者としては個人的に本当に楽しみにしていた。
なぜなら、ついにマスクを購入する決意に至ったからである。
前回は、そういう変わったイベントがあるという情報を仕入れて興味本位で行った部分が大きかったが、今回は全然違う。一マスク愛好家へと変貌しようと決断したからである。

さて、なにゆえに筆者はマスク意欲が高まったのだろうか。
コスプレにさえ全然興味を示していなかったのに。
それこそ、刹那的なネタとしての消費を周囲に撒き散らそうとしているのだろうか。
いや、それともまた違う。ネタを完全否定はし切れないものの、ネタとして示せる相手が殆ど周囲にいない事情もあるし、刹那的に終わらせたいとも思えない。そこは自覚的でいる。
では、なぜ?
それこそが、リアルで仮面をかぶる本質を探ることになるのではないだろうか。

仮面を通して世界を見ることにより、見えてくる世界。
更には、仮面をつけて『何者』かになることによって見られる視線の変貌の確認。
そして、そこで現れる内面の変貌……。

末は博士か大臣か
立身出世
何かにならないといけなかった過去の社会が崩壊し、何かにならないといけない意識の残滓だけが払いきれず、何になればいいのか分からない現代社会。
何かになりたい気持ちは多くの人間が抱いているはずだ。だが、その共通の方向性は社会全体で抱えられていない。だからこそ、みんなモヤモヤした気持ちを抱えながらも何でもない自分をさらけ出しながら生きている。
そんな空気に嫌気がさして、偽りでも何か極端な存在になりたい。
しかも、刹那的なネタではなく本当に。たとえ仮初の処方箋としても。

それが自分の答えのようなものだ。
仮面をかぶることにより、自分ではない何かになる。
そして、自分自身の奥底に押し込めていた何かを開放してあげるのだ。
なぜなら、そこにいる仮面をかぶった自分は自分であって自分でない。また別の誰かなのだ。
有り触れた言葉で覆うならば、別の『ペルソナ』を持ち出してくるのだ。
そんなものは本物なのか偽物なのかは分からない。しかし、それが偽りの人格であったとしても、それは刹那的な快楽としての消費ともまた違う。
なぜなら、仮面をかぶった者はもはや別の何者かであり、表舞台で形成されてきた人間関係に対してネタとして見せつけるつもりはサラサラないからだ。ネタとは違う、本気……というより、本質がそこには浮き出てくるのである。
その本質を人前で晒すためにも、仮面というツールが絶妙な効果をはっきりしてくるのである。

言い換えるならば、内面の露出である。
仮面で顔を覆っているはずなのだが、仮面をかぶったが故に内面という隠された部分を曝け出すことになる。そこからくる抑圧からの解放と新たな可能性との出会い。

自分がどこへ行くのか、どこに向かえばいいのか……。
自分が何者なのか、自分が何者として立ち振る舞えばいいのか……。
迷走しているからこそ、仮面を使って本質を引きだし、答えを求める。

さて、仮面を手に入れた筆者は、どのような本質を引き出してどのような人生をこれから歩むというのだろうか。

 

マスクフェスティバル会場の様子はこちら

鬼ヶ島に出向かないリアルな現実がそこにある

昔、故あってとある舞台演出家さんと少しだけ交流があり、その影響で芝居を少し観に行った時期があった。
映画とは違い、芝居は生の役者をまじかで眺め、その臨場感を肌で味わいながらストーリーを追えるところに魅力があるのだと思える。スクリーンを通さない、生である種のリアルがそこに垣間見られる。のめり込める度合いは、もちろんその時の役者や演出の差もあるとはいえ、映画以上なのかもしれない。(最近は4D映画もあり、臨場感も状況によっては変わってくるが)
そんな観劇からずいぶんと遠ざかっていた筆者だが。

Kanimiko20151121_2

(写真は去年11月のデザフェスにて)

カニ巫女(@yudashio)という存在がいる。
写真の彼女がそれだ。見ての通りである。
そんな彼女が、Twitter上でとある即興芝居に出ると宣伝していた。
それが、先日筆者が観てきた『オトギユーギ』である。
面白いことを仕掛ける人がいると飛びつく癖のある筆者。もちろん、これは観る価値がありそうだと飛びついた訳だ。

 

始めて観に行った芝居なのだが、どうやら既に10回もの公演を行っているようだ。
のわりには、初観覧者が自分だけでなくそれなりの数いた。これは、出演する役者自体が回を追うごとに変わることの影響だろうか。

この舞台の特徴を簡単に説明してみると、お伽噺をモチーフにした即興芝居を演じる内容らしい。
それだけではない。この芝居の醍醐味は、観覧者も間接的に参加し、芝居の進行に関与できるという点である。これは、観覧者もただ観ているだけでない、今あらゆるジャンルで流行の参加型企画なのである。
参加方法は簡単だ。芝居前に与えられた紙切れに好きな単語やフレーズ(セリフ)を書いてスタッフに渡すだけ。
その書かれた紙を、芝居中にランダムに役者が取り出し、そこに書かれた単語を読んで芝居に無理やり合わせていくのである。つまり、その単語によっては役者がかなりの力技を使って芝居進行を変えていくことになる。こうした形により、観覧者が芝居進行に間接的に影響を与えていくことになる。他にも、舞台シチュエーション、例えば、そこは「天空」「洞窟」「ショッピングモール」などを観覧者側が選択できたりもする。もちろん、この場所選択により内容も大きく変わってくる。
お伽噺なのに現代的な舞台になり、引かれた単語によって、そこは更に次元を飛んだり外国人が現れたり……。
これはこの即興芝居を楽しむうえでも大きなポイントになっていた。

さて、そんな感じで開演された芝居なのだが……なるほど、このそこにいる誰もが予測できない展開は実に面白い! 桃太郎なのに海底で開かれたカーレースから始まったり、一寸法師なのに裁判所から始まったり、ずっと紙コップ役をやらされる役者が現れたり……。そして、紙に書かれた単語により、物語は更にカオスな方向へと走り続けていく……。物語は、本当に「めでたし、めでたし」と終るのだろうか。突飛すぎて展開が全く読めない。

 

そこで、筆者なりにこの舞台の楽しむところをまとめてみよう。
ポイントはいくつかある。

・ランダムに与えられるシチュエーションやセリフなどが、役者のアドリブ力を試す
・チームがランダムの選出により3組に分かれ、その影響によりバラエティーに富んだ芝居が短いながらも3回楽しめる。
・件の通り、観覧者側もフレーズを紙に書くことにより参加した気分になる。また、その書いたフレーズがどのような場面で引かれ、どのように役者が処理されるのかが非常に楽しみである。うまくはまったフレーズが出た時は、なんだかうれしい。
・即興性が故の予定調和な『事故』(つまりは、演出)がなく、全てが偶然性を秘めた事故であり、それが良くも悪くも面白い。

そう、全ては偶然の事故でできた芝居なのである。
偶然の事故が故に、そこにある種の『リアル』が生まれるのだ。まさに、舞台は生ものである。ここでしかないその場限りの芝居が生まれ、ここに来た者だけがそれを楽しむことができる。
そこに展開した良くも悪くも役者陣が繰り出した芝居(ネタ)は全てがリアルなのである。
だからこそ面白い!

 

ちなみに、筆者が紙に書き込んだセリフは……

「浮き袋割れちゃうよ!」

である。
昔、石川よしひろのANNにあった口癖三段落ちインタビューというコーナーで伊集院光さんが出した3つのフレーズの内の一つである。
残念ながら、あまりいい場面で使われずさらりと流された。
こういうのもあるから、リアルなのである。

くどいようだが、芝居は生ものだ。特に、ランダム性を多分に含めた即興芝居となると一回きりの(いい意味での)事故舞台である。そんなコミカルでハチャメチャで観覧者である自分も関われているからこそドキドキする舞台は、観ていて非常に新鮮な感覚でいっぱいだった。

 

最後に、写真を

Otogi_1

Kani20160219

 

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