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2015年12月23日 (水)

見てよ、これが私の本性だ!

Kline20151212_1
誰もが変身願望を持っているというのは昔からよく聞く話だ。
中西圭三も、誰かになる 何かになる それを夢と信じていた と歌っていた。
現状の自分に対して何かしらの不満・物足りなさを抱えている人も多いだろう。また、人には言えない何かを懐に忍ばせたまま出せずにいる人や、願望を火の玉に変換して口から吐き出してしまいたいがそれが叶わずに頭を抱えて日々悩んでいる人もいるはずだ。
そういう人たちは、日々得体の知れぬ焦燥感を覚えながら暮らしているに違いない。
誰もが現状の自分を忘れ去り、他の何かになってそれこそ火球を飛ばし燃え上がらせたいと欲望を発酵させているはずだ。

現状の自分ではない何かになるというのは容易いことではない。もちろん、魔法を唱えて変身するわけにもいかないわけだが、それを容易に叶えている趣味を持つ人たちがいるみたいだ。
それが着ぐるみを着こむ人たちである。

コスプレ趣味なら昔からある変身的な類であろう。
しかし、あれは少し違う。あれは、素の自分がベースとなっている。
素の自分を上書きして……つまり、素の自分+アニメキャラなどの非現実的キャラ、なのである。だから、そこにあるのは素の自分でもある。完全に隠しきっているわけではない。
そこでの素振りは、そのキャラにすべて覆われるわけでなく、ほぼ素の自分にかぶってくるわけだ。
しかし、着ぐるみは全てを覆い隠し、そのキャラのみに変貌してしまう。
だから、その時のしぐさ行動は全てその『キャラ』に返っていくわけだ。

Kline20151212_4

先日、原宿にあるデザインフェスタギャラリーという場所に赴いてきた。
そこで開催されていた、『KEMONO LINE展 2015』という企画展を観に行くためだった。
ここで、ようやく着ぐるみの本題である。

K-LINEという集団をご存じだろうか?
着ぐるみを生産している集団である。詳しくはリンク先をご覧いただきたい。
そこの人たちが、件のギャラリーにて今後の活動方針を披露するためにかイベントを開いていた。

KKも、この手の活動をする人たちを最近になり少しだけだが追っている傾向にある。
それだけに、少し気になり観に行ってみたのだ。
そこで感じたことを、恒例となったTwitterのツイートを掲載しながら振り返ってみる。

 

〇ちょっと覗いてみた。
スタッフと話をしてみて興味深い話を聞けた。
結構アート感覚も含まれているというのは、この手の系統の人たちと少し違うのかな。そこが惹かれる。 pic.twitter.com/vfoeWzLVQN

〇スタッフさんの話に出ていた、着ぐるみに入ると自分の潜んだ内面が表面に出てくるという指摘は面白い。
現代的である。

〇十代後半から二十代にかけての趣味とのこと。
通りかかりのおばあちゃんが「最近の若者はこういう趣味が……」と呟いていたらしいが、まさに最近の若者の趣味。

〇みんな、何かになる、誰かになる願望が強いのだろう。
つまり、表面の自分では表しきれない一面、もしくは隠しておきたい一面をいかに抱えているのかを示唆してはいないだろうか。

〇この手の傾向を、ちょっと小説の中に取り込んでいきたい。

〇君だけが ただ自分になりたいと 呟いた声 不意に思い出した♪

〇結局、どこかで自分にならないといけないと思える。そこで、自分になる芯・核を持っているかが問われる。

〇では、ぐれキャラのような特殊な風貌に自分を装う人たちはどのような心境なのだろうか?
年齢的には、若干こちらの方が高そうだが。

まあ、職業にしている人たちもそれなりにいるのでなんとも言えないだろうが。

 

Kline20151212_3

(壁には、着ぐるみに使われている素材も写真のように展示してあった)

着ぐるみの中に入ることにより、普段は見せられない隠した本性が着ぐるみを通して出せるそうだ。それは、もちろん負の感情ではないだろう。キャラクターになりきることにより、本当の素、つまりはあまりに露骨に素の感情なためにフィルターを通さずに見せてしまえばドン引きされるような自分を、着ぐるみという分厚いフィルター越しにすれば見せることができるということなのだと思う。
恥ずかしいとかそういう感覚もあるのだろうが、それとはまた違う楽しい……そう、無邪気な自分を人に見せられるというのがポイントになっていると思えるのだ。

普段の自分など誰も理解してくれない、そう感じている人間こそ、この分厚いフィルターを通すことによりそのギャップが惜しみなく放出された自分を見せられるのだ。そんな行為こそにあこがれる若者が多いからこそ、若者にこの手の趣味が出回っているのだろう。

誰かになる 何かになる

そんな夢をかなえるために、若者は自らの努力を惜しむことなく、ある種のイノベーションを起こしながら今までにない活動を開発しているのだ。

しかし、だからこそ自分になることとは? という疑問が生じてしまうが。

その疑問は、ある程度の年齢を重ねた人間が持つ錆びついた思考なのかもしれない。
彼らには、着ぐるみを通し自分を表現することにより何かを掴んでほしいものだ。

 

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