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2014年11月10日 (月)

文化祭の休日 サンプル其の2(クロフネ3世 作)

 文化祭の日が近づいてくるにつれて、愛未はとある不安にまとわりつかれ、日に日にその不安に心を侵食されつつある。それは、ダンスがうまく踊れないなんてちゃちなものじゃない。ダンスなら時間をかければ何とか仕上げてみせる自信はそれなりにあった。だが、愛未一人が努力してもどうにもならないことがあった。それが、愛未を日に日に悩ませるのである。
 同じクラスメイトの岡田巧太だ。巧太こそが、愛未を悩ませる張本人である。
 それは、恋心という分かりやすい単語で表現できるものではない。
 いや、正確に言えばそれも含まれる。だが、恋心をも凌駕する問題を巧太は抱えている。
 ダンスの練習にまったく参加しないのである。
 夏休み前から練習は徐々に始まっていたのだが、その頃から一度たりとも巧太は練習に参加していない。だからこそ、愛未は悩んでいる。いや、愛未だけでない。クラスの誰もが巧太の態度には問題視していた。担任の富井も、生徒達から巧太の話題を出されるとくしゃりと表情を潰して黙り込んでしまうのである。
 もちろん、今まで何度も巧太にはダンス練習へ参加するように忠告が入れられていた。文化祭実行委員長の斉田姫香も、半ば怒鳴るように参加するように詰め寄っていた。最後には奇声を上げるほどに必死になっていたのを愛未はよく覚えている。
 だが、それでも巧太は練習に参加しようとしない。
 しかも、この状況は去年から引き続きなのだ。
 去年、つまりは愛未や巧太が一年生のときも文化祭では踊りの練習が課せられ、巧太は練習に参加せず本番でも文化祭自体を放棄した。
 理由は愛未もよく分かっていない。
 聞いたところで
「文化祭って、祝日だろ?」
 とよく分からない返答が帰ってくるだけなのだ。もう何度もそのやり取りがなされていたため、一時は愛未も半ば諦め気味で巧太のそっけない態度を見つめていた。
 幸いなのは、まだ卒業生達が巧太の存在に気が付いていないことだ。最初からずっと姿を現していないから、巧太の存在はないものになっている。クラスメイトも誰も触れようとはしない。触れれば事態が必要以上に面倒になることは目に見えているからである。
 けれども、一度でも知れ渡ってしまえばどうなるだろうか。特に、あの船水先輩に知れてしまえば。強引な船水先輩の性格からして、絶対になんとしてでも参加させようとするに違いない。でも、巧太もかなり頑固なところがあるから。その二人が全面対決となると……。
 そう考えると、愛未は落ち着かなくなってしまう。船水先輩と巧太の対決は避けないといけない。文化祭は円満に終えたい。そして、あわよくば……。
 考えれば考えるほど、愛未の気持ちは複雑に糸が絡み合うかのようにややこしく変貌して行き、本人でも抑えようのないそれに変わっていくのである。
 とにかく、もう一度巧太にアタックしてみるか。
 愛未は、自分のベッドで寝転がりながら決意を固めると、上半身だけを起こしサイドテーブルに置いていたカバンを取り上げる。そして、カバンの端っこにぶら下げていた何本かあるキャラクターストラップの内一つをそっと掴むのだ。少し塗装が剥げたおにぎり型のキャラ人形。それを握っていると、どことなくだが心の底から滾ってくる気持ちを感じられるのだ。
「うん、これならいけるいける」

 その日最後の授業が終わり掃除も一通り終えると、残りは簡単なHRのみである。
 だが、愛未はこのHRを少し緊張した面持ちで迎えていた。
 本当は、昼休みには巧太に練習へ参加するようにもう一度忠告しようと構えていたのだが、なかなかタイミングが合わずにこの時間まで引っ張ってしまったのだ。残るは、HRが終了後のタイミングのみであるが、愛未はだからこそ緊張感を高めていた。
 なぜなら、全ては巧太のあだ名が語っている。

 十五時四十分の男

 それが巧太のあだ名である。巧太自身は気が付いていないが、クラスの大勢が彼のことを影でそう呼んでいる。
 十五時四十分といえば、最後のHRが終わる時間。その時間になるや否や、巧太は逃げるようにして帰宅してしまうのである。部活も委員会も入っていない。放課後、無意味にクラスメイトと世間話をすることもない。まるで学校に残っていることが罪だといわんばかりに颯爽と教室を後にしてしまう。
 だからこそ、愛未は緊張していた。声を掛けるタイミングが遅れてしまえば、巧太に隙を見せてしまえば易々と逃がすことになってしまうのだ。そうなれば、またモヤモヤとした気持ちを抱えながら夜を迎えなければならなくなる。こんな気持ちは、さっさと巧太に放り投げてしまいたい。
 時計の針は、既に十五時三十五分を過ぎていた。もう時間はない。
 富井先生が簡単に連絡事項を済ませる。
「他に何かあるか?」
 富井先生の問い掛けに誰もが黙り込む。
 富井先生、もう一度やる気のない目線を教室一帯に投げかける。
 刹那的に静まる教室。もちろん、巧太もじっとしている。
「よし、じゃあ解散。また明日」
 富井先生が締めの言葉を放った。
 その瞬間、巧太の体が弾かれるように反応する。競馬なら抜群のスタートダッシュだ。そのまま端に立てる。逃げ馬タイプの巧太には理想的な動きを決められたのだろう。
 流れるようにして机脇に下げていたカバンを掴み、必要最低限の小物をカバンに詰め込む。この間、一分弱。いや、三十秒とかかっていない。
 改めて愛未が動きを観察すると、その速さに圧倒される。何がここまで彼に速い動きをもたらしているのだろうか。
 いや、そんな疑問をもたげている暇はない。気づけば、巧太は既に教室を出るための一歩を踏み出していた。
 慌てて愛未は立ち上がり巧太の進路に飛び出す。あまりに慌てたために半ばタックルするかのように愛未と巧太は接触してしまった。巧太は少しよろめいた程度で済んだが、愛未は勢いに負けてすぐ側にいたクラスメイトにも派手にぶつかっていた。
「ごっ、ごめんね! 大丈夫?」
 慌てて愛未は頭を下げるが、それを横目にして巧太が教室を出ていこうとするものだから、更に慌てて愛未は声を上げる。
「ちょっ! ちょっと待った!」
「ちょっと待ったコールだ!」
 バブルを知った富井先生だけが反応したが、誰も富井先生のことなど見ていない。
 みんな、愛未と巧太の二人に視線を向けていた。
「なんだよ?」
「……なんでもねーよ」
「志村けんの方か!」
 また三十代の富井だけが反応し天を仰いたが、もはや独り言の領域になっていた。ネタが古いしいつものことなので気にする者はいない。
 愛未の一言を聞くと、巧太はすぐに踵を返して教室を出て行く。
 違う違う、そうじゃない。なんで私は否定する!
 自分で自分に怒りをぶつけながら愛未は後を追う。
 急いで廊下に出ると、まだ巧太はすぐそこにいた。
「待って!」
「……だから、何だよ?」
「ちょっと、練習は?」
 愛未の言葉は自然ときつくなっていた。
「あ? 用事あるから……」
 巧太は、少しだけ眉をゆがめながら返答した。戸惑いというよりは、面倒だと言いたげにも感じられる態度である。
「巧太も神代市民でしょ? 文化祭参加しないと」
「文化祭は祝日……いや、祝祭日だよ!」
「またそれ? どういう意味?」
「意味って、そのままだよ。文化祭は祝祭日なのさ。だから、俺はちゃんと俺なりの準備をこなしているんだ。お前達はお前達で文化祭やってればいいだろ」
 そこで、巧太はまた玄関に向かって歩き始める。
「ちょっと、本当にどういう意味? そんな態度、分からないよ? あんたの熱意、滾ってるの?」
 その愛未の一言に、巧太は振り向かずに手を振り上げて応える。
「俺はいつだって熱々に滾っているよ。出来立て焼きおにぎりみたいにさ!」
 その力強い後姿に、愛未は諦めとともにどうしようもない懐かしさを覚えて、その複雑な心境にただじっと佇んでいるしかなかった。

 放課後の自主練習は、どことなく剣呑とした空気が滲んでいた。その空気は、愛未自身が一番感じてるに違いない。なぜなら、その険悪な空気を作り出した人間の一人こそが愛未だからと自覚があるからだ。愛未が巧太に練習の誘いをかけ、皆の視線が集まる場所で失敗に終わったからこその重たい空気。巧太が練習に参加しないのは誰もがもはや常識としていたが、改めて巧太の傲慢とも思える態度を目の当たりにされてしまうと、必死になって練習すればするほど巧太への不満を募らせてしまうものだ。
 愛未は、そんな空気の中でただ黙々と動きのおさらいを一つ一つ確かめているしかなかった。
「あっ! ミスった!」
 誰かが振りを間違えて机を叩きながら悔しがる。先ほどからたびたび誰かが大きなミスをしてダンスが止まってしまい、なかなかうまくいかない。
「ちくしょう! 俺、家帰ったら親の手伝いがあるんだよな……練習しないで帰れる奴はいいよな」
 ミスった一人が愚痴をこぼした。誰もが頭の隅に抱えてはいたものの、誰もが口に出すのをはばかっていた。出してしまえば、この場の空気が崩壊するのはわかっていたからだ。
 しかし、今こうして一人の口から放たれてしまった。
「なんで巧太は許されるんだよ。都会経験者は違うってか? 田舎者は踊っていろってか?」
 他の人間からも不満の声が上がった。
「まったくだよ。いい加減にしろよな。どこで遊んでやがるんだよ」
 別のところからも声が上がる。それを聞いて、直接的な批判でもないのに愛未は申し訳なさそうに教室の端に引っ込んでしまう。
「ちゃうよ。巧太は違う文化祭の準備で忙しいんだよ」
 そんな重たい空気にも関わらずに、空気を読まない素っ頓狂な声が上がった。こんなときにこんな一言を放てるのは決まっている。桃しかいない。
 桃は、それこそ素っ頓狂に笑顔で文句をこぼしている男子生徒に話し掛けていた。
「阿部ちゃん、意味わかんなーい。阿部ちゃんの言うことは通訳が必要なんだな。違う文化祭って、日本語でなんていうんですか? サボりですか? エスケープですか?」
 一人があからさまにからかうようにしてとぼけた表情を作り、桃の前で両手を広げて桃の顔の前でひらひらさせた。馬鹿にする態度なのだが、それでも動じない、というよりも意味を理解できていないのか桃は笑顔のままでいる。
「違うぞ。日本語だ。あちし、日本語しか喋れないし」
 ああ、もう!
 桃のそんな態度を見て堪らずに愛未は桃に走り寄る。
「はーい、お邪魔しました。なんか変なこと言ってますけど、気にしないでくださいよ」
「おっ、保護者か? ちゃんと面倒見ろよ。これだから最近の若い母親は……」
 お前も同じ高校生だろ。
 という突っ込みは心の中だけにする。そもそも、母親じゃないし。
 愛未は、苦笑いのまま桃の背中を強引に押しながら、そのまま教室の外に退出した。
「なんだよ、桃はまだ巧太のこと言い終わってないぞ」
「はいはい、こういう時は一回引くの。あんたもいい加減に空気を読めるようになりなさいな」
 愛未の一言に、桃はあからさまに不満そうな表情を見せたが、この空気はそこで終わる。
「よーし、先生は空気を読んで、差し入れをここで持ち込んじゃおうかな」
 富井が陽気な足取りで愛未と桃の前を通り過ぎていく。手にはコンビニで買い込んだらしき大きく膨らんだ袋が下がっている。
「よし、みんなここでブレイクタイムだ! ハブアブレイク! ギブミーアブレイクは大橋巨泉だぞ! ここ、テストに出す……わけねーだろ!」
 クラス中の視線が富井の袋に集中する。もちろん、富井の発言は後半部分が無視される。
 飢えたワニが潜む川に生肉を投げ入れたかのごとく、富井はあっという間に生徒達に囲まれてしまう。
「さすがトミー! ギャグセンスはついていけないけど、こういうところはどこまでもついていくよ!」
「きゃっ! やっ、やめて……やさしく殺して……やさしく殺して……」
 次々と伸びる生徒達の手に富井はもみくちゃにされ、あっという間に袋の中身は殆どなくなった。まさに、飢えたワニのごとく、だ。
 収穫を得た生徒達は、自分の席だったり友達の机上にと腰掛けて手に入れた獲物たちを味わい出している。
 そこに、遅れた愛未と桃がゆっくりと教室内に入ってくる。
「あのー……私達にも」
「あちしにも、なんかくれ。腹減ったぞ!」
 二人が袋の中をそっと覗いてみる。
「まだ何か残っていたかな? 一応、人数分は買ったはずだから……あっ、おにぎりあるじゃん」
 富井は、袋の底に残っていたおにぎり二つを取り出して愛未と桃の二人に手渡した。
「おお! おにぎりだ!」
 受け取った桃はすぐさま封を開けおにぎりを頬張りだす。すぐに桃のおにぎりは体内へと引き込まれていきそうだ。
 それを見てなのか、愛未は自身のおにぎりを桃の前に突き出す。
「おお! いいのか?」
「いいよ。私いらないから。食べな」
「遠慮なくいただくぞ!」
 愛未の差し出したおにぎりを、桃は嬉々とした顔で受け取りVTRで再現するかのようにほぼ同じ動きでおにぎりを頬張り始めた。
 愛未の表情はどこか寂しさを感じられた。それだけに、富井はその表情に気が付くと話し掛けずにはいられない。
「なんだ、腹減ってないのか? それとも、シーチキンが気に入らないとか」
「ああ、そういうんじゃないんです。ただ……おにぎりは暖かくないとダメなんですよ」
「なんだ、それ? 意外と贅沢なんだな」
「あっ、ごめんなさい。私、厚かましいこと言ってますよね。人から貰っておいて、こんなこと」
 愛未は、そこで自分の発言の意味に気が付き頭を下げる。
「いやいや、気にしないで。今度からはちゃんと暖めてもらうか最初からあったかい食べ物買ってくるからさ」
「あっ、いや、そういうんでもなくて……」
 急にはっきりとしなくなった愛未の態度に、富井はいぶかしげな表情を浮かべる。
「ええ? じゃあ、なによ?」
「……いや、まあ……昔観たアニメで、そういうのがあったんです」
「あちし知ってる! 焼きおにぎり五郎丸でしょ! きたきたきた、滾ってきたー!」
 おにぎりを食べ終わったのか、桃が急に会話に割って入り、何やら叫ぶと体を大きく後ろに反らすポーズをとった。
「なんだ、そりゃ? 中邑真輔の真似か?」
「ご指摘の通りに桃がやってるのは半分入ってけど、そういうんじゃないです。子供向けですから、別にボマイェとかやらないですから。滾ってきたが口癖のキャラクターです。熱血漢という性格だから、いつも頭のおにぎりが熱々で湯気が出てるんですよ。私、そのキャラが好きで……」
「ははぁん。先生、平成のアニメは詳しくないけど、そういうの、わかるな。先生も、子供の頃そういうのあったよ。ロボダッチとかさ」
「昭和っ! そういうんじゃないんですよね……」
 愛未は、渋い表情で富井の分かりましたよといわんばかりに頷いている様を睨む。
 この人は、すぐに古いデータベースを参照しようとする。意識だけを昭和に置き忘れているんだ。だから、あだながトミー(副部長)なんだよな。
 愛未は、呆れた声を心の中だけで呟く。
「こう、もっと情熱的なところが惹かれるんですよ。ぐいぐい強引にいく感じで」
「ああ、岡田巧太のことね。なるほどなるほど」
「……え? いっ、いや、なんで巧太の名前がそこで?」
 目を丸くして驚く愛未。別に特定の人間の話をしているつもりではないのに。
 また、わかったぞといやらしい目をする富井が気持ち悪く見えて余計に不可解だ。
「お前、今日は放課後になるや否や岡田に慌てて話し掛けていたじゃんかよ。岡田って、変なところもあるけど今言ったみたいに強引で力強いとこあるじゃんか。まさに、滾ってる感じがモロに出てるしさ。興味あることに猪突猛進になるタイプだよ。そこがいいんだろ?」
 イヤァオ!
 愛未は心の中で思いっきりボマイェをぶちかましてやった。
 一番スゲェーのプロレスだって教えてやろうか?
 そんな気持ちを隠しながら、愛未は引きつった笑顔を浮かべて富井に切り返す。
「いや、焼きおにぎり五郎丸と巧太関係ないですし」
「関係あるぞ。巧太も愛未と同じの持ってるぞ。焼きおにぎり五郎丸のストラップ持ってるぞ」
 思わぬところから不意打ちを喰らう。見れば、桃が嬉しそうにして桃のカバンを持ってきていた。カバンの脇には、焼きおにぎり五郎丸のストラップが下がっている。
「なんで持ってくるのよ。もう、桃は黙ってて!」
 愛未は強引に桃から自分のカバンを奪って抱きかかえる。桃は反省する態度も見せずに走って教室を抜け出した。
「よーし、分かった!」
 そこで、富井はポンと手の平を打ち、そのまま突き出した。その言動もどことなく昭和らしさが見えた。
「お前は、今度の休みに駅前商店街のエンゼルという喫茶店に行ってみろ。そうだよ、そんなに滾りたいなら行ってみろ。責任は先生が持つ」
「え? いやっ、どういうこと?」
「岡田だよ。滾ってんだよ。今だって、みんなが見ていない場所でしっかりと燃え滾っているんだ。それこそ、その五郎丸のように」
「いやいや、だから、どういう意味ですか? 全然わかんない」
 愛未は、両手を広げて困った姿勢を見せる。
「いいから、休みになったら駅前商店街のエンゼル、な?」
 そこで、富井は一人満足そうな笑顔を愛未に見せた。
 愛未は、ますます不可解な話の展開に半分泣きそうな表情を作るしかなかった。



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